子どもが青林檎を食べ始めて食べ終わるまでを、じっと見守っている母。「母の前」の一語で、青林檎を食べることが、まるで何かの通過儀式のような趣を見せる。いや、「食ひ終る」という、完了したということが、儀式感を出しているのか。青林檎が聖餐のようだ。
『波郷自選句集』(新潮文庫・昭和三十二年)より。句集『鶴の眼』所収。
子どもが青林檎を食べ始めて食べ終わるまでを、じっと見守っている母。「母の前」の一語で、青林檎を食べることが、まるで何かの通過儀式のような趣を見せる。いや、「食ひ終る」という、完了したということが、儀式感を出しているのか。青林檎が聖餐のようだ。
『波郷自選句集』(新潮文庫・昭和三十二年)より。句集『鶴の眼』所収。