死にもせぬ芒の海に入りにけり  照井翠

海のように一面に広がる芒原。水平線があり、波があり、波音がある。ただ、この海は本当の海じゃない。だから「死にもせぬ」。「死にもせぬ」ということで、踏み込めば死ぬ本当の海が立ちあがる。芒原を海とし、そこに「入り」、光に漂いながら作者が思いを馳せるのは、海で亡くなった誰かのこと。震災を踏まえて読めば、あの津波で亡くなった全ての人であり、たった一人の誰かでもある。そして、いつかこの震災が忘れられるほど長い長い時間を経たのちにも、この句の主体は、死ぬ海を思いながら死にもせぬ芒原を漂い続けるだろう。

ホッチキス止めの小さな句集、照井翠「震災鎮魂句集 釜石②」より。2012年4月11日版、とある。励ましや救いの及ばない圧倒的現実のなまなましさが息づいているため思わず目をそむけたくなるほどに、彼女の句は誠実だ。以下、集中より10句ほど。

黒々と津波は翼広げけり
海神の陰まで波の引きにけり
母の手を離して拾ふいのちかな
しら梅と母呑まれゆく二度頷き
ボンボンと死を数へゐる古時計
顔を拭くタオルに雪を集めけり
日の丸は千羽鶴からできてゐる
宿題のどれも絶筆彼岸雪
逃水の逃げきる国で生きてゐて
水澄し水輪はみづに還りけり