あをぞらは誰にも青し秋の草  南十二国

この平等感が、なんとも胡散臭いというか、だからどうしたと一瞬言いたくなる。青のリフレインが旧かなのひらがなから漢字になることで、時間の流れを感じる。空から秋の草への上下の幅と、時間の流れという幅の大きさで、広い空間を得ている句だ。すべてのものに平等なのだというこの言い方に、秋の草をもってくることで、抒情を増している。

『鷹 平成24年12月号』(第49感12号)より。