「靴ふたつその上にたちあがる」まで読むと、立ち上がるのは靴を履く人だと勝手に先回りしてしまうのだけれど、最後に「冬」と置かれると、立ち上がるのは人かもしれないし、冬そのものかもしれない、ということになって、すでに脳内に立ち上げてしまった人の姿がふっと掻き消えてしまう。ただ靴が置かれていて、その上に冬というものが茫漠と立ち上がっている、その寒々しい玄関の景色。しかしやはり「靴」から「たちあがる」へのつながりは意図的なミスリードで、人の気配が消えてしまったその感触こそ冬そのものであるとひとり納得するのである。
「俳句」(角川学芸出版)2013年2月号、作品12句「人々の」より。