胡桃割る女はこはし一途なる  筑紫磐井

胡桃を割っている女の姿が怖いのはそれはそうで、ある種の破壊行為であるから、軽く振り上げた槌にも凄みを感じることはままあるだろう。この句はそれを「一途なる」とまとめたことで、胡桃を割るのが怖いというよりも、一途であることが怖いというふうに転じたところが面白い。一途は怖い。一心に胡桃を割り続ける姿に、胡桃を割るときのみならず一途な女の、手ごわさ扱い難さを思い起こしているのである。
もちろん句に詠まれた女当人は、目の前に山積する胡桃を割ってなにがしかの料理にすることしか考えてないわけで、そんなに深刻というわけでもないのだろうけれど。

「俳句」(角川学芸出版)2013年3月号、特別作品21句「復活(リインカネーション)」より。