恋猫のかなたではなく、恋猫の声のかなた。恋猫が見えてしまうと、縮尺の問題で巨船のサイズが小さくなってしまうから、声にしたことで巨船の堂々たる存在感が増した。船は女の喩、とはいつの時代からの定説なのだろうか、恋と船の語の響きあいが醸し出す雰囲気も春だ。
『山の木』(立風書房・昭和50年)より。
今朝、ミャオミャオと声が聞こえるので下りていくと、庭にトラ猫が来ていた。首輪をしていたので飼い猫らしい。ものほしげにしていたのでベーコンをちょっと切ってあげると、「みゃうみゃう」と言いながら食べている。恋猫とて、腹が減っては戦ができぬ。もう食べるものがないとわかったら、ひらりと塀に上り、ゆうゆうと去っていった。