「大冬木」は、ここではやはり冬でも青葉を保持する常緑樹ではなく、葉を全て落とした枝のみの枯木と取るべきであろう。そして、その大きな枯木が冬空へ放射状に枝を拡げ無言で屹立している様子を、「思想をひろげたる」という思い切った表現で捉えている。当然のことながら、もしこの「思想」の部分がただの「枝」という表現であれば、掲句は単に大きな冬木の景観をそのまま詠んだ句に過ぎないということになる。
この「思想」が掲句におけるキーポイントとなるわけであるが、やはり「思想をひろげたる」という表現の意味するところについては、その飛躍のある修辞ゆえ単純には理解し難いものがあるといえよう。
いま、仮りに、動物のからだから、その腸をずるずる引っぱり出し、片っ端から袖まくりするように、裏返しに引っくり返すと、そこには一面に絨毛の生い茂った、中空の肉柱が姿を現わす。これが、他ならぬ〝植物〟の形象である。絨毛は、葉っぱと根っこに、中空は〝むくろ〟となる。(三木成夫『海・呼吸・古代形象』所載「南と北の生物学」より)
思えば、この地球上に生命が誕生したとされるのは現在からおよそ40億年前。そこから進化の過程において植物と動物は、それぞれ異なる方向へと別れてゆくわけであるが、この観点からみれば、まさに植物と動物は同腹の兄弟ということになる。そして、人間をも含む動物の内側には植物から分化した後、猶も植物の形象が生命の記憶として刻み込まれており、その過去における事実を現在に至るまで伝えている。
まさしく植物と動物の両者は、陰と陽の関係にあるわけであるが、このように考えた場合、掲句における「思想」の意味するところも若干ながら見えてくるかもしれない。そもそも「思想」というものは、主に「思考や思惟を体系的に纏めたもの」であり、これは当然人間の頭の働きに由来するものなのであるが、その一方で「腹を読む」、「腹を探る」、「腹を見抜く」などといった言葉が存在するように、思考というものは必ずしも頭の働きによるもののみならず、他の内臓などの器官とも決して無関係ではない。
「大冬木」の姿を眺めながら、作者の意識裡に去来した「思想」という概念。それは幾度も細かく分岐を繰り返した枝の形象が、自らの肉体の深部における内臓や脳の神経などと分かち難い繋がりを本来的に有していることを直観によって感取し、その結果として導き出された言葉であったのかもしれない。
また、掲句からは、その誕生の日より終生変わることなく一所に留まり、「垂直への意思」を内在させ、大地と日光を自らの糧とし、人の一生をはるかに凌ぐ歳月を無言のまま悠然と生長してきた「大冬木」の、それこそ動物とは別種の生き物である植物としての屹然たる生命の在りよう、即ち一つの確固とした「思想」そのものをそのままの形姿で見出すことができるようにも思われる。
八田木枯(はった こがらし)は、大正14年(1925)三重県生れ。昭和16年(1941)ごろ長谷川素逝に私淑し、橋本鶏二に学ぶ。昭和22年(1947)山口誓子に師事。昭和23年(1948)「天狼」創刊と共に参加。昭和52年(1977)「晩紅」創刊。昭和62年(1987)「雷魚」創刊主宰。昭和63年(1988)『汗馬楽鈔』、『あらくれし日月の鈔』。平成7年(1995)『於母影帖』。平成10年(1998)『天袋』。平成16年(2004)『夜さり』。平成22年(2010)『鏡騒』。