【19】  曼珠沙華宇宙を球(きう)として剖(ひら)く   竹中宏

「曼珠沙華」は、ヒガンバナ科の多年草で秋の季語となる。彼岸の頃に、地下の鱗茎から30~50センチほどの花茎を伸ばし、赤い花を輪生状に開く。

この上五「曼珠沙華」のあと「宇宙を球(きう)として剖(ひら)く」という表現が続くわけであるが、この部分をそのまま刃物などで球状のものを「剖(ひら)く」行為として解釈するのなら、それは誤りであろう。

まず、掲句において「曼珠沙華」は、一つの象徴として布置されているはずである。曼珠沙華のまるで火の爆ぜるような形象(白花でもいいはず)、それが「宇宙」という言葉と組み合わせられることによって、およそ137億年前にこの宇宙が発生する際に起こったとされる現象、即ちビッグバンそのものを連想させるところがある。このビッグバンの後、宇宙は延々と膨張を続け、現在では当初と較べて約1000倍もの大きさになっているという。このように見ると、掲句における「球(きう)として剖(ひら)く」という表現の意味するところも理解できるであろう。この「剖(ひら)く」とは、宇宙空間そのものが「外」へ向かって劈開してゆく現象を「曼珠沙華」の形状を介して表出したもの、ということになるのではないだろうか。

この宇宙空間内には、150億以上もの銀河が存在するという。それらの内の一つが太陽を含む2000億個ほどの恒星からなる「銀河系」であり、また当然のことながら太陽の周辺には水星や金星、火星、土星などと共に地球が浮かんでいる。そして、その地球の上の一点において曼珠沙華が咲いているということになる。掲句は、結果として「曼珠沙華」と「ビッグバン」における「内・外」といった相換的な関係を描いた作品となっている。

また、この作者には他に〈わらうて呑みこむ山盛り飯か夜櫻は〉〈うすぐもり瞰れば京都は鮃臥す〉〈地球抱けばかすみの奥の癇癪玉〉〈夏はけふも熊野の海から躍る牛〉〈啓蟄の蹼わたす嶺と嶺〉〈新大豆歳歳年年子規の色〉など、掲句と同じく二つの事物を重ね合わせるアナロジーの手法から成る特異な句が幾つか見られる。

掲句を眺めていると、なにかしら芭蕉の〈古池や蛙飛びこむ水のおと〉とはるかに呼応するものがあるように思われるのは気のせいであろうか。もしかしたら、この「蛙」が飛び込んだ直後の「古池」の様子というのもまた、ビッグバンのもう一つの姿といえるのかもしれない。

竹中宏(たけなか ひろし)は昭和15年(1940)、京都市生れ。昭和33年(1958)、中村草田男に師事。京大俳句会会友。「萬緑」元同人。昭和59年(1984)、『饕餮』。昭和63年(1988)、「翔臨」創刊、主宰。平成15年(2003)、『アナモルフォーゼ』。