「涅槃の日」とは、釈迦入寂の日である陰暦2月15日をさす。釈迦は、紀元前463年から紀元前383年頃の人物とされており、仏教の開祖である。16歳で結婚した後、29歳で出家し、35歳で悟りの境地に達したといわれている。その後、北インドの諸地方を遊歴しながら教化を行い、80歳で逝去。
掲句に描かれているのは、取り敢えず「涅槃の日」の海の景観と見ていいであろう。春の気配が若干漂う海辺において、波が一定の間隔で寄せては返す運動を繰り返している。しかしながら、この上五における「見えぬもの」という言葉の意味するものは、一体何なのであろうか。
「見えぬもの」を「波」が「つな」いでいる。殆ど散文性を峻拒しているかのような表現であるが、なにかしらただならない雰囲気といったものが確実に伝わってくるところがある。
この句の根底に横たわっているのは「自然界の摂理」とでもいうべきものであろうか。釈迦が入寂したのは先述の通り、紀元前383年頃とされている。その「涅槃の日」から現在までの時間は(掲句は平成8年〈1996〉の作)、それこそ2000年以上もの歳月の隔たりがあるわけであるが、よく考えてみれば、実際にそれはこの現在まで「現実につながっている時間」なのである。その間も、日と月は延々と廻り、海は絶え間なく波打ち続けてきたということになる。
また、さらに考えてみれば、釈迦の存在よりも遥か以前から「海」というものはこの世界に存在し、様々な生命を営々と育み続けてきたのである。掲句は、このような自然界における悠久ともいうべき時間の連なりを捉えようとした句といえるのかもしれない。
思えばこの作者には、掲句と同じくやや超越的な視点を伴った作品が他に〈寒牡丹別の日暮が来てをりぬ〉〈袖払ふ定家かづらに昔の香〉〈花鳥風月虫を加へてゆめうつつ〉〈三椏が咲いてきのふの夢枕〉〈隣る世へ道がありさう落し文〉〈この世には無き色として龍の玉〉〈とねりこの花夢占(ゆめうら)をもういちど〉〈夢の世にありし柵(しがらみ)炭をつぐ〉〈白鳥のこゑ劫(こふ)と啼き空(くう)と啼く〉などいくつか見られる。
このような作風というものは、
世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ よみ人しらず
春の夜の夢のうき橋とだえして峯にわかるるよこぐもの空 藤原定家
年もへぬ祈る契りは初瀬山をのへの鐘のよその夕暮 藤原定家
などといった『古今和歌集』や『新古今和歌集』の世界と深く通底するものといえそうである。こういった和歌の世界を経て現実を眺めれば、これまでとは異なる別の視点からこの世界の在りようが見えてくるのかもしれない。
手塚美佐(てづか みさ)は、昭和9年(1934)、神奈川県生まれ。昭和26年(1951)、17歳より俳句を投稿し始める。昭和35年(1960)、石川桂郎主宰「風土」創刊号より編集を担当。昭和51年(1976)、永井龍男に師事。昭和52年(1977)、岸田稚魚主宰「琅玕」を創刊号より編集。平成元年(1989)、「琅玕」主宰を継承。平成5年(1993)、第1句集『昔の香』。平成16年(2004)、第2句集『中昔』。平成18年(2006)、第3句集『猫町』。