【24】 葱抜きし男ぴかぴか来たりけり  澤好摩

葱は、冬の季語である。俳句で葱といえば、〈葱買うて枯木の中を帰りけり 与謝蕪村〉〈夢の世に葱を作りて寂しさよ 永田耕衣〉あたりがすぐに想起されるところであるが、掲句については、割合フィクショナルな要素が強い作品といえそうである。

特に「ぴかぴか」という言葉の存在がそういった印象を強めていよう。こういった擬態語は俳句ではまず使用されることのない性質のものであるが、この言葉の作用によって「葱抜きし男」の存在が、強いフィクション性を帯び、童話風にデフォルメされたかたちで見えてくるところがある。

掲句の世界から思い起こされるのは、宮沢賢治の詩「春と修羅」の〈(気層いよいよすみわたり/ひのきもしんと天に立つころ)/草地の黄金をすぎてくるもの/ことなくひとのかたちのもの/けらをまといおれを見るその農夫/ほんとうにおれが見えるのか/まばゆい気圏の海のそこに/(かなしみは青々ふかく)〉ということになろうか。

ただ、掲句については「葱」の存在が若干俳句的といえそうである。また、寒さの厳しい冬の季節の中「葱」を抜いてきた「男」の存在からは、割合神秘的といってもいいような不可思議な雰囲気が感じられるところがある。

そもそも「澤好摩」という俳号の「好摩」は、賢治ゆかりの地である岩手県の「好摩」という地名に由来するものであるとのことである。掲句は第2句集『印象』所載の作であるが、この句集には、他にも〈甕抱きし双掌を解けば翼かな〉〈むささびは睡りにおちる際を飛ぶ〉〈雪の樅睡りを継いでゐたりけり〉〈木の箱に納まるわれももみぢせり〉〈父の机上に水のやうなる不知火よ〉〈櫂は貝の蓋をこつんと過ぎゆきぬ〉〈飛魚や海に没して日は黄なり〉など割合童話的な雰囲気の句がいくつか見られる。

また、こういった作品は〈ふつつかな魚のまちがひそらを泳ぎ 渡辺白泉〉〈かもめ来よ天金の書をひらくたび 三橋敏雄〉〈しろきあききつねのおめんかぶれるこ 高篤三〉〈夢青し蝶肋間にひそみゐき 喜多青子〉などの新興俳句の作品と通底するものでもあろう。

澤好摩の作品の根底には、純的な言語宇宙の創出への意志と、自己の内なる原質的な心象風景を水源とする透明なポエジーが湛えられているように思われる。

澤好摩(さわ こうま)は、昭和19年(1944)生まれ。昭和38年(1963)、大学の俳句研究会に参加。「いたどり」、「青玄」、「草苑」を経て昭和43年(1968)、「日時計」創刊。昭和44年(1969)、『最後の走者』。昭和46年(1971)、「俳句評論」に参加、高柳重信に師事。昭和53年(1978)、同人誌「未定」創刊。昭和57年(1982)、『印象』。平成3年(1991)、「天敵」創刊。平成20年(2008)、『風影』。平成21年(2009)、『現代俳句文庫64 澤好摩句集』。