【84】  夏蜜柑大空いつも雲の旅   岸本尚毅

「雲の旅」という表現は、これまでありそうでなかったものといえそうである。作者は本来的にはややストイックな作風の持主であるが、ここにおいては割合思うままに広大な景観を捉えているといった趣きがある。まず「大空」という言葉が、空そのものの大きさを直載に感じさせるものといえよう。

「夏蜜柑」は、夏の季語となる。ここでの「夏蜜柑」は、実際に木に生っているものであろうか。それとも、テーブルなどの上にたった一つだけぽつんと置かれているものなのであろうか。ともあれ、「夏蜜柑」の黄と、「雲」の白の色彩の対照がなんとも印象的である。

眼前の「夏蜜柑」の実在感と「雲」の流動性。掲句には、「いつも」という言葉が用いられているわけであるが、この言葉の包含している内実にも注目したい。それこそ「いつも」であるゆえ、「夏」のみならず、他の秋、冬、春といった各々の季節における「雲」の景観にまで想像の広がるということになる。そして、さらにはそういった区分にとどまらず、はるかな遠い過去から未来にまで一貫して変わることのない「大空」の恒久的な在りようにまで思いの及ぶところがある。

なんとも不思議な印象の句であるが、それは、いま述べた「大空」の悠久性と、それに加えて「雲」そのものの属性である「白」の清浄さ、そして、その変幻自在な形態や触れることのできない神秘性ゆえのものということになるのであろう。それこそ「雲」の存在は、どこかしら人の思念を越えたところにあるものといった趣きがある。そして、「旅」という言葉からは、やはり芭蕉『奥の細道』の冒頭や西脇順三郎『旅人かへらず』あたりの内容が思い浮かんでくるところがあるといえよう。

掲句は、平成21年(2009)刊の第四句集『感謝』収載の一句である。元々岸本尚毅は、先にも述べたように基本的にストイックな作風の作者といった趣きがある。例えば〈鶏頭の短く切りて置かれある〉〈金網に吹きつけらるる野菊かな〉〈団栗の埋もれてゐる火鉢かな〉〈赤富士や蜂の骸を掃きながら〉などにおける物そのものの実在感を直載に感じさせる句や、〈夕空のなほかすかにもさへづれる〉〈音もなく吹き渡りたる良夜かな〉〈また一つ風の中より除夜の鐘〉〈雪降るや水に映りて何もかも〉〈日沈む方へ歩きて日短〉などといった、一句における言葉をどこまでも絞り込んだ作品が少なくない。

ただ、近年は、そういったストイシズムよりもどちらかというと幽玄さが主体となって作品展開がなされているようである。掲句にしてもそうであるが、『感謝』には他にも〈秋晴のさらに明るき方へ行く〉〈ゆるやかに光陰夏を離れけり〉〈冬晴や消えつつ続く蜘蛛の糸〉〈沈みゆく冬日の遠く照らすもの〉〈昼顔の風の如くに広がりし〉など、いずれも物自体に対する直載な把握というよりも、茫漠とした感覚がどこまでも緩やかに広がってゆくとでもいった、あまり圭角を感じさせない作品が多く見られるようになっている。

岸本尚毅という俳人における作品展開は、いまなお途上にあるものと見ていいであろう。その「雲の旅」さながらの道ゆきには、今後一体どのような風景が広がることになるのか、興味の尽きないところである。

岸本尚毅(きしもと なおき)は、昭和36年(1961)、岡山県生まれ。昭和54年(1979)、山口青邨の東大ホトトギス会に参加、赤尾兜子「渦」に投句。昭和56年(1981)、赤尾兜子の逝去に伴い「渦」退会、同年波多野爽波の「青」に投句。昭和61年(1986)、第1句集『鶏頭』。平成4年(1992)、第2句集『蕣』。平成11年(1999)、第3句集『健啖』。平成21年(2009)、第4句集『感謝』。