2013年8月29日

そのはうが幸せならば踊りけり

俳句にしても恋愛にしても、「素直になる」ことを目標にしている。

「分かる。けど伝わらない」ことより「分からない。けど何となく伝わる」

という事の方が良い気がするのだ。欲を言えば「伝わったことによって分かる」のが良いのだけれど。

今年の俳句甲子園の総評で、審査委員長の岸本尚毅先生が開成高校について、開成は弁が立つ、何でも説明できてしまうから、どの句も説明に耐えうるように鍛え上げてくる。だけど、俳句には散文に置き換えられない面白さがある。俳句のそういう部分をうまく感じさせないと弱点になってしまうのではないだろうか。というようなことを言っていた。そうそう、そういうことが言いたかったのだ。

ちなみに僕が素直に詠むとこんな感じ。

帰化といふ生き方もインディアンサマー

俳人でもインディアンサマーって何?!という方は結構いるが、小春日のこと。一度は詠んでみたくなる良い季語だと思う。

遊んでいるとこんな感じ。

日本かぶれ西洋かぶれ油虫

詠んでて楽しい。

さて、話が逸れてきたので少し真面目に戻ると、高校生の大会ともなれば多くのドラマが生まれ、ロマンスもちらほらと聞こえてくる。自分が相手を好き、だから気持ちに応えて欲しい。という感じの内容を聞くことが多いような気はするが、それだと一方的に気持ちを押し付けるだけで、本当に相手を思っているかが伝わらない。相手が好き、だから相手の喜ぶこと、楽しいことは何か、相手の気持ちに寄り添うにはどうしたら良いか、夢を支えるには何ができるか、何てことを考えて、相手から気持ちに応えたいと思われるような行動をとってほしいところ。頑張れ若者!(なんて言っている僕も先日、高柳克弘先生に背中を押されたばかりなのだけどね!)

イラスト: KUZUHA

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