紗希 いやー、前回の前半戦、13人ぶんの15句読むって、けっこう体力使うねー(ぜえぜえ)。
華子 これで半分なんだもんね。。本当、盛りだくさん!
紗希 今日は二冊目、「WHAT」のB面です。後半13人、いってみよーう。
「猫の鼻」小鳥遊 栄樹
紗希 この人の句なら、私はこれだなー。
カフェの椅子重く紅茶の檸檬薄く
紗希 対句仕立てだよね。重厚な感じの、重たいカフェの椅子、それに対して紅茶の檸檬は案外薄い。この妙なアンバランスが、カフェのキッチュな空間を感じさせてくれるな。「重く」「薄く」に、あるリアリティがある。
華子 確かにカフェの椅子って重いものね。で、檸檬を薄く切っているのも、らしい。雰囲気としては、檸檬が漢字表記なのもあって、カフェより喫茶店を想像したけど。
る理 私もカフェのキッチュさというよりは喫茶店の静けさをイメージしました。静かなんだけど明るい。
栓抜きの音溜め息に似て寒夜
紗希 ビールとかサイダーの栓を抜いたときの音を、溜め息にたとえたのは、なるほどって感じ。でも、「栓抜きの音」っていうと、栓抜きっていう道具の立てる音で、栓を抜いた音が素直に聞こえてこないのがもどかしい。
華子 うん、栓抜きの音って言うと説明的だから、わかるんだけど惜しいなって思った。うーん、でも、炭酸とかが抜けるのと、息とをあわせるのもあんまり新しくないかなぁ。
る理 上五をたとえば、栓を抜く、とか、コルク抜く、にすれば解決するのかな。「寒夜」なので、ワインのコルクを抜くときのかすかな音のイメージ。内容としては、この音は溜め息なのだと断言しちゃったほうが面白い気がします。
「三面鏡」山下舞子
紗希 この人も好きだな。言いたいことと言葉とが、素直に寄り添ってる感じがした。
マスカラをブルーに変へる宵の春
紗希 春のピンクと、マスカラのブルー。ちょっとひんやりした心。
る理 ブルーという色はひんやりしてますけど、マスカラをブルーにする心って、結構やんちゃというか思い切ってると思うんですよね。昔、青いマスカラ買ってみたことあるんですけど、結構派手で。こりゃパーティー用だなって思って、結局使わないままどっかいっちゃった。ブルーブラックとかなら使いやすいんでしょうけど。
華子 あえて「宵の春」にしたんだろうけど、効いてると思う?
る理 「宵の春」は作者のこだわりでしょうからね。春の宵、だとするっと流れちゃう感じになるから「宵の春」にしたのかな。ちょっと決意もあらわれるような気がする。
言ひ訳は日傘の中で考へる
紗希 シンプルにまとまってるよね。日傘をさして言い訳考えてるのを「日傘の中で」って部屋みたいに言ってるところが面白い。恋の句かなあ。言い訳×日傘、だもんね。
華子 うん、自分のテリトリーってイメージなんだろうね。人に会うまでの道を、日傘をさしながら、その待ち合わせの相手への言い訳を考える。どうしようって焦ってるよりも、開き直ってるように見えるね。
る理 日傘をさしながら考えることって色々あると思うんですけど、言い訳というのがリアルでちょうどいい。やっぱ遅刻の言い訳かなあ、遅刻してるくせに日傘さしてたり言い訳考えたりしててそんなに急いでないけど。(笑)
教会の看板の白蝶の白
紗希 これもいいなあ。教会の看板が白いところに、教会の清潔な思想が見える。そこに、生きている蝶の白を与えて、春という季節の光の感じが出てきた。
華子 ぱっきりとしてて清潔感があるね。教会の白に蝶の白が同化して見えなくなるほど、まぶしい。
る理 イメージの重なりが美しいけれど、ちょっと清楚すぎる気がしちゃった。
噴水の半円くぐりたい冷たい
紗希 「くぐりたい」と「冷たい」の間に、この人、くぐってるんだよね。だから、今まさにくぐっていて、しぶきがかかって「冷たい」。「冷たい」ってことは……あんた、今くぐっとるんかい!と、つっこみたくなるような。「くぐりたい」って欲望を実行に移した行動力に、ぐっと心つかまれた。
華子 欲望に忠実(笑)でも、噴水くぐるって、え、池みたいなのにざぶざぶ入ってるってこと!?そりゃー・・・冷たいよね。
る理 そりゃー冷たいよ、っていうのをあえて書いているんでしょうね。今まさに実行しました、っていう。くぐりたさが冷たさに勝った瞬間。だけどちょっと後悔しているような。
紗希 「半円」ってのも、噴水のかたちが見えてくるなあ。
「ノスタルジア」雀子
華子 本名、木田智美。吹田東高校出身、ふらここの人です。
紗希 文体がポップだよね。ひりひりするところに、切り込んでゆこうとしてるのに惹かれた。
はつ夏のホットケーキにクレーター
紗希 たしかに、クレーター、できるよね。ぷつぷつと。はつ夏のさわやかさに、クレーターの宇宙感覚。
る理 夏の黄色っぽさ、生のホットケーキの黄色っぽさ、月の黄色っぽさ。どれも少しずつ違うんだけど共鳴してる。
華子 これ、焼いてる最中の話だよね。ぷくっと空気があがってそれが割れた、その一瞬を詠んでる。はつ夏のさわやかさがホットケーキのもったり感を中和してくれて、あってるように思うけど、「ホットケーキにクレーター」だけだと、言葉足らずで読みがぶれるかもなぁ。
明日はすぐ来るし熱帯魚に微熱
華子 「来るし」というぶっきらぼうな言い方に若さを感じるかな。魚の中でも熱帯魚であれば、色合いからいっても熱もってそうだよね。魚に熱はないだろうけど、命あるものと水との対比として、熱を持っていてほしいという願いも感じる。
る理 これどういう心境なんでしょうね。テンション高いような低いような、不思議な感じ。
紗希 なんとなく浮かれて日々が過ぎちゃうかんじが「熱帯魚に微熱」かな。でもまわりの水は冷たいわけで。「明日はすぐ来るし」という焦燥感が、熱帯魚を熱っぽく見せている感じ。「し」でつなぐかたちの並列も、口語の新しい文体として可能性感じるな。
血が出ると痛いと知っている兎
紗希 人間も知ってるはずなんだけどね。って、言いたくなるところが、この句の落としどころなんだろうな。
華子 むしろ、人間が知ってるのは前提で、「あ、あなたも知ってるのね」的な、ちょっと見下してる感かと思った(笑)
る理 血が出ると痛いと知るって条件反射的でしか知らないってことなのかな?血が出なくても痛いことも、血が出ても痛くないこともあるはずですもんね。でも、私は、兎はそんなこと知らないと思うなあ。これは内容的なことかつ個人的見解ですが。句としてはモチーフとしての「兎」が弱いものの象徴でありすぎるところがもったいないかと思います。
セーターを着て日曜はパンを焼く
紗希 ちょっと、セーター×日曜×パンだと、あまりに日常すぎるかな、とは思ったけど、なんか健やかでつい挙げちゃった。
華子 そうだね、発見はない句だけど、明るいね。
る理 上五が「日曜は」とおさめるのではなく、「セーターを着て」からはじまることによって、ゆったりした一日のはじまりが感じられました。
「窓辺」野住朋可
小春日やばんそうこうの痕白く
る理 ささやかなんだけど、しっかりとリアル。小春日との取り合わせも良かった。傷ももう治りかけてきてる明るさもある。
紗希 ぼんやりとした小春日の雰囲気を、ばんそうこうの痕がふやけて白くなってるっていう具体的な状況で、実感させてくれる句。たしかに白いよね、ばんそうこうの痕。
華子 ふやけた感じだよね。傷よりも、ふやけた痕に目がいっちゃった感じ。蒸れた感じと小春日の雰囲気が近すぎず遠すぎず、いいと思う。
紗希 のほほんとした雰囲気でまとめられがちな小春日っていう季語に、傷を思わせる「ばんそうこう」が取り合わせられるのも、新鮮だった。
ポスターに女ホームに冬の蝶
る理 この「女」、超美人でしょうね。
紗希 ポルノグラフィティの「アポロ」思い出した。「空を覆う巨大な広告塔には美人が意味ありげな微笑赤い赤い口紅でさ」ってくだり。あと、「羊たちの沈黙」のポスターも。ジョディ・フォスターの口に蛾が止まってるやつ。冬の駅のホームに、大きく女の顔が張り出されていて、そこに冬の蝶がよぎる。ポスターの女の、冬の荒廃した雰囲気に似つかわしくない毒々しさが、冬の蝶を飛ばせることで、さらに強調される感じ。
華子 とても冷たい雰囲気の句だね。美人特融の冷たさなのかな。何というか、無表情でいるとこわい冷たさ?でも、冬の蝶の儚さが鋭さを緩和してる。
鼻歌は音痴でバレンタインデー
紗希 これ、チョコ、もらえちゃう人だと思うな。音痴でも気にせず鼻歌うたうような堂々とした男。
華子 音痴ってどこまでも音痴だよね。うちの旦那さん、日本エレキテル連合の「だめよー、だめ、だめ!」の音程も正しく言えない。「いーじゃないのーう」は正しく言えてる。
る理 鼻歌どころかモノマネにも音痴ってあるんですね。(笑)「は」「で」という措辞はもう少し整えられそうですが、この言葉遣いが醸し出す「音痴」感もあるのかもしれませんね。
しじみ汁京都に長い長い晩
紗希 私、この句がいちばん好きだったな。京都のしじみ汁、しみじみする。しじみじるしみじみって、似てるね。長い長い京都の歴史を感じるような、春の夜の京都の静けさ、なんとなく闇に歴史が満ちてる感じ。
華子 長い長いって強調されると、本当にそうなんじゃないかって、京都だけその日夜が長かったんじゃないかって思わされる。古都の夜は明かりが少ないってイメージにぴったりなのかな。しじみ汁って、出汁が出てる分深い味してるよね。句全体の雰囲気の深さにひっぱられる感じがする。
る理 夜じゃなくて「晩」としたところが渋い。夜だとなんか軽くなっちゃうんですけど、こう「晩」の音の響きってしみじみするし、はんなり感がある。夕方も夜も含めて「晩」だし、晩年というイメージにも広がって、より長さが実感されるなあ。
「鏡の温度」寒天
紗希 自由律といわれるのも辞さない覚悟で、せめてくる作風。言葉の感覚が独自で、いきいきしてる句がいくつもあったな。
おくらねばねばみなしねばしかばね
紗希 「ね」「ば」の連鎖。ねばねば、からの、しねば、からの、しかばね。ダークな早口言葉みたい。おくら食べながら、無常観に苛まれてる。言葉遊びなんだけど、結構大事なこと言ってるよね。
華子 呪いかと思った(笑)いや、呪いであってるのか?
る理 呪いか分かんないですけど、呪文ではあると思います。呪いつつ、どこか勇気づけられる言葉でもあるような。好みの問題になっちゃいますが「みな」の位置は「しかばね」の前のほうがいいなと思いました、調べ的に。
なにもみえませんごきぶりもいません
紗希 いや、いるでしょ、っていう(笑)。ツッコミ待ちの句だよね。現れたごきぶりを直視できないから、唯心論を選んで、目をつぶったら何も見えない、ごきぶりも存在しない、と言い聞かせてる。全然、事態は解決してない「今、ここ」感がすごい。
華子 現実逃避甚だしいけど、こちら側からしたら笑っちゃうね。さっきのもそうだけど、全部ひらがなにされると、片言っぽくて、何だかこわい。
る理 なるほどー!私は、何も見えなくて手探り状態で苦しいけれどそれは嫌なものも見えない世界なのだ、と開眼した句かなと思ってました。ツッコミ待ちの現実逃避句だったとは。(笑)
シェパードが怒ったようなくしゃみだ
紗希 鋭いくしゃみ。面白い比喩。
る理 「シェパード」の声に似ているとは言っていないところがいいですね。犬の怒りをぎゅっと凝縮したようなくしゃみ。「シェパード」ってチョイスも面白い。響きがくしゃみの音っぽいし。
華子 面白いけど、実景としてはよくわからないね。でも、求めてるのはそこじゃないんだろうし、いいなと思う。
秋蝶がさらってった鏡の温度
る理 句の形を整えようと思えば整ってしまうと思うんですけど、あえてのこの文体。全体的にセピアな色合いを感じました。
紗希 ひんやりした秋蝶の感触。秋のくぐもった光を静かにたたえる鏡。
華子 冬が来るぞってことだね。世界がどんどん冷えていく先頭に冷えるのは、鏡。蝶と鏡ってビジュアル系バンドの音楽を連想させる(笑)「さらってった」て表記はいくら口語でも気持ち悪いかなぁ。
「好き好きに」仮屋賢一
黄で書けば鳥はひよこや春きざす
紗希 どんな鳥も、黄色で書いたら、ひよこに見える、そのたわいない発見。春って生命誕生の季節だから、書かれた黄色いひよこに、生まれてくるいのちの明るさを見てもいい。
華子 面白いね。拙い絵なんだろうと思う。
る理 楽しい発見。「春きざす」という季語も、ベタですが嫌味がなくていいのかな。「書けば」は、描けば、の方がいいでしょうね。
日記には空のこと書く梅見かな
紗希 こざっぱりしてるけど、梅林の、すかすかしてて空がよく見える感じが、日記を媒介して表現されてる。
華子 視点が手に取るようにわかるね。梅を見上げたら枝の隙間から空が見えた。きっと晴れてたんだろうと思う。
る理 やはり青空なのでしょうね。「には」という措辞だと、日記の他には空のことは書かないけどねという風にも読めるのでちょっと気になりました。他に書くとこないんじゃないかなって。あ、facebookには、みんなで梅を見に来ました!すごくきれい!とか書くけどね、ってことなのかな。んん、考えすぎか。
「師の頭に」久保田牡丹
海の日の窓やポストの貯金箱
紗希 海の青と、ポストの貯金箱の赤。コントラストが、七月の季節感とも合ってる。窓にポストの貯金箱があるなんて、かわいい風景だなあ。
華子 なんか、郷愁が感じるな。絵葉書にしたい風景だね。「ポストの貯金箱」ってきっとみんなが同じものを想像できる。ありきたりではない、けれども共有できる景色を描けるのはいいね。
る理 そうですね、ちょっとレトロ。窓まで見せたところがさわやかさにつながるのかな。
涼風の果の公衆電話かな
紗希 公衆電話の透け透けな感じが、まさに「涼風の果」だなあ。
華子 私はちょっとつまらなかったかな。なんかの果てに、今は使われることの少なくなった公衆電話がある。その風景はさっきの句の郷愁とはちょっと違って、狙って置かれた感がある。
る理 たしかに。意図が分かりやすい句かもしれませんね。
チョコレート色のベルトやバレンタイン
紗希 なぜベルト(笑)。
華子 チョコレートが苦手な人にチョコレート色のものを送ろうとしてるんじゃない?(笑)
る理 それにしてもベルトというチョイス。(笑)たしかにベルトってだいたいチョコレート色ですけどね。
華子 まぁ、でも何もかもがチョコレートへ連想してしまう。バレンタインデーの不思議。
「水尾にまで」希望峰
紗希 本名、黒岩徳将。去年の石田波郷新人賞奨励賞受賞者です。
華子 スピカの「つくる」にも登場してもらったことがあるね。黒岩徳将「スウェーデンの孤独」
それぞれの手の一方に寒卵
紗希 なぜ、片手に寒卵を持ち寄るのか。寒卵のもってる妙な存在感が、不条理の世界の扉をあけてくれる感じ。
る理 そう、なんかヤバイ集会っぽい。景としては結べるところが、余計不条理感が増す。
華子 「それぞれの手の一方」という語順で、それぞれの手が両手だとわかり、急に景に手がわーっとでてきた。ちょっとこわいね。寒卵であることで生への執着を感じて、卵黄のどろっとした感触を思い出す。
風鈴の止み古書店に下巻のみ
紗希 こないだ、夫が「嵐が丘」の上巻を読み終わったんで、出先の古本屋で下巻だけ買ってきたって言ってた。上下巻セットのを、下巻だけ売ってくれないか、ってお願いしたらしい。逆に言えば、下巻しかないから、もう上巻読んでる人にしか、売れない。
華子 へー。うち二冊ずつあるよ(笑)まぁ、古本屋としては売れないよりはいいもんね。でも、下巻だけがあるより、上巻だけがある方がまだ売れる気がするね。下巻だけだと、その本と初めて出会う人が手に取ることはあまりない。ちょっとかなしい。あ、でも私この間買った漫画を家で開いたら、まさかの5巻で、1~4巻知らないのに!って白目になった。
る理 突然の5巻。(笑)たしかに、下巻だけより上巻だけのほうが売れやすいか。でも、下巻だからこそその本がなお古書店にあるドラマがいろいろみえてくる。「風鈴」は別に止んでなくてもいいような。ドラマが多過ぎちゃう。
白息や東ことばに京ことば
紗希 「東ことば」「京ことば」って並べただけだと、あんまり迫力ないね。虚子の〈遣羽子や油のやうな京ことば〉みたいに、どっちかを本質をつかむように詠んでほしいって思った。
華子 そうね。それで?ってなってしまう。
る理 東の人と京の人が話してて、違う言葉で同じ白息、っていう内容は面白そうだけどね。
「ぽぽぽと蛍」福家
鷹鳩と化し向かひ合ふマドレーヌ
紗希 向かい合ってるのって、マドレーヌ?それとも、マドレーヌを真ん中に置いて、人が向かい合ってるの?それとも鳩と私がマドレーヌを介して向かい合ってるの?あれれれ、わかんなくなってきた。
華子 たぶん、マドレーヌなんだろうけど、どこにかかるかわからなくなるね。まだ詰められる。
る理 「鷹鳩と化し」で切れて、内容としてはマドレーヌが向かい合ってるんだと思ったけど、たしかに読みがぶれるか。マドレーヌが向かい合っているということは即ち食べる人も向かい合ってる、という風にマドレーヌからだんだん部屋全体の景に広がる風に読みました。
円盤の溝ジャズになる涼しさよ
紗希 「になる」の措辞はちょっと雑だけど、レコードかけるのを丁寧に言い直してるの、面白かったな。溝、ジャズ、涼しい感じした。
華子 面白いね。CDよりもレコードだから、この景が詠める。「涼しさ」でいいかな?
る理 たしかに、涼し、って季語は何にでもつきやすいから難しいですよね。でもまあ、この句の場合は悪くはないんじゃないかな、攻めてはないけど。
「生」シャビ
ウサコにもウサオにも降る落葉かな
紗希 安易な名づけ方だよね、ウサコ=メス、ウサオ=オス。どこにでもいる普通の兎に、ありきたりな落葉が降ってる風景が、いとおしいような、ものがなしいような。
華子 誰にでも平等に何かが降るってのは、よくあるから、この句の見せ場(?)はやっぱりその名前だろうね。私は野生の、まだみたこともない兎を思って詠んだのかと思った。目の前に落ち葉があって、それは山の兎にも今頃降るんだろうなって思いを馳せる。誰のものでもない兎だから、ウサコやウサオなんていう、適当な名前になる。落葉って抒情的な季語だけど、そのふふっと笑ってしまう感が明るく見せてるのかもしれないね。
る理 私も、まだ見ぬ兎かなと思った。野性じゃなくてもいいんだけど、こう頭の中にいる兎に適当に名前をつけて楽しんでいる感じ。つがいになってるのにどこかさびしいのは、葉が失せていく木も見えるからかな。
更衣廊下を走るのも許す
紗希 これは学校の、制服が夏服に変わった風景を思った。解放感にあふれてる雰囲気の中で「廊下を走るのも許す」。おんなじ生徒の立場で、えらそうに「許す」って言ってるのが、貴族っぽくて楽しいな。
華子 更衣だから、廊下走りたくなっちゃう気分もわかるよ。だと、なんだか説明的だなって思っちゃうな。
る理 「も」の思わせぶりが気になっちゃいました。他に何を許されているのか。いろいろ許されるのは若さの特権、みたいなところに落としこまれると陳腐だしなあ。
君が嫌いトマトが嫌い君が嫌い
紗希 これ、「君が嫌い」って二回も言う必要あるかな。
る理 リフレインを楽しむにしては、それに頼りすぎていると思うし、ちょっと弱いかな。なにか裏切るか、もしくはいっそ、大嫌い、と終わっちゃうとか。
華子 うーん、まぁ、文字が限られてるから、もう少しトマトか君か、二回繰り返すよりどちらかを説明してくれてもいいかも。強調したかったのかもしれないけど。山澤香奈さんの「かあさんもりんごのあかも気に入らぬ」と比べちゃうな。
「教育実習」藤田夕加
麦の秋スープに浮かぶ英数字
紗希 アルファベットマカロニかな。
華子 あー、そういうこと!なんで、なんで?ってなっちゃった(笑)
る理 「麦の秋」が小麦粉でできたマカロニと近くなっちゃうね。楽しげな感じは伝わってくるし、おいしそうな感じもするんだけど。
アンサンブルの定義求めて蛍
華子 蛍って∞(無限大)のマークに飛ぶって聞いたことあるんだけど、その動きって指揮のようにも見えるよね。
紗希 アンサンブルの定義の答えを、蛍の乱舞の光に見た、って感じかな。光りながら、とびさかる。蛍みたいに演奏できたらいいよね。
る理 なるほど。「アンサンブル」=音楽用語としての合奏、と読ませきれるかどうか。「定義求めて」というからちょっと分かりにくくなっちゃうのかな。
「小さき鍵」若狭昭宏
真つ先に飛び出す子豚春の雪
紗希 つめたい春の雪と、あったかい子豚。ももいろが、冬ではなく、春の明るさを引き受けている。
華子 かわいい!!子豚がわーい!って飛び出して、思ったよりずっと寒い外にびっくりしているところまで想像できる。あー、かわいい。
る理 びっくりしてる子豚、かわいいね。そして後からゆっくり親豚が出てきて見守ってる。春の喜び、生命賛歌。豚のももいろと雪の白と、あったかいだけではなくてちゃんと冷たいところもいい。
家系図を離れて立てる硝子雛
紗希 硝子という素材のもつ透明感とか冷たさが、家系図にかかわれない=家族を持たない私の涼しさとか冷たさを思わせる。
る理 なるほど、硝子雛に自己投影してると読むんですね。「立てる」って書かれると、よく分からなかった。存在しているくらいの意味なのか。
華子 家系図があることで、雛が受け継がれたのを想像する。
る理 由緒正しい「硝子雛」、なんか美しいですね。
「お尻を拭く」蓮睡
天道虫震えを羽ばたきにかえて
る理 「天道虫」といえば、高野素十〈翅わつててんとう虫の飛びいづる〉ですが、この句もよく見てるなと思いました。それでいて結構詩的。
紗希 天道虫の繊細な命のふるえが伝わってきた。ちょっとヒロイックな物言いも、句の気分を統べてる。
華子 あまりじっくり見たことないけど、羽ばたきの瞬間って、震えるんだよって言われるとそうなんだ!って説得されるね。
万物は死を愛せざり梅雨の星
紗希 「死を愛せざり」は、ありきたりの感慨じゃないかな。
る理 「万物」だから余計にそう思うんでしょうね。死を愛するものもいる、というほうがはっとする。
華子 全体的に抒情的だね。万物・死・星で全部景が大きいから、どれかに絞るでも、どれかにもう少し寄ってみるでもしてみてもいいかもね。
*
紗希 さて、ひととおり、読んできました。私は、何句か、これぞって句に出会えたのがよかったかな。合同句集は、あくまで合同句集だから、いつか、この人たちが自分の句集を作ったときに、また読んでみたいと思いましたね。
華子 ふーっ。たくさん読んだ!私は自分が大学の頃を思い出したよ。好きだったものとか、見えてたもの。そして、俳句の詠み方。わかるから、「きゃーっ」って目をそらしたくなったのもあった(笑)たぶん、これから変化もあるだろうから、こうやって形に残しておくっていいね。次回があったら、読み比べるのも楽しいと思う。
る理 久しぶりに「よみあう」をやってみて、読むということは、作者の内側に迫ろうとすると同時に、読者自身の内側もあらわにすることだなあと思い、あらためて気持ちが引き締まりました。好き勝手言っておりますが、これからもたくさん読ませてください。