運転席と助手席とは、全く違う時間が流れている。あくまで運転に専念しなければならない運転手は、運転席側の窓を叙情に浸ってみることは無いのである。
この句の認識は、車という同じ空間に居ても、この人だけしか出来なかった認識なのだ。
窓は向こう側が濡れているのか、内側が濡れているのかわからない。雨ならば外だが、結露ならば内側でもあり得る。ただ、窓の濡れた無聊感というか、景色の薄ぼんやりする感じ、そこに不思議な車内の匂いが混じって、無意識を駆け巡って、そして、「冬終はる」という認識を育んでいる。グレーな冬であり、グレーな気持ちである。
カテゴリー: 安里琉太
安里琉太が、江渡華子・神野紗希・野口る理の俳句を読む。2016年5月連載。