第一句集『六十億本の回転する曲がつた棒』とその後について
―自選10句をお願いします。
縛り棄てなる『ノルウェイの森』田に白鷺 (日本景)
年暮れてわが子のごとく祖母逝かしむ (介護)
白川村みな岩魚らの夢の中 (襞)
小鳥来て姉と名乗りぬ飼ひにけり (襞)
カツオノエボシのつもりで通るぞ幼女の前 (ゴルディアスの結び目)
シュレディンガー音頭は夏を「Ψ(プサイ)にΦ(ファイ)」 (ゴルディアスの結び目)
Eichmann(あいひまん)ノノチ後ニシテモノ物ヲオモ思ハザリ (百人斬首)
わが口を用ゐて誰か二月と言ふ (発熱)
春水なる汝(な)を抱かんとす大気我(われ) (歴史)
テラベクレルの霾る我が家の瓦礫を食へ (うるはしき日々)
同じような質問を前にも受けたことがあって、答える度に違っています。必ずしも出来が良い句という基準では選んでいません。
―句集を出すことになったきっかけを教えてください。
直接のきっかけは、東日本大震災で自宅が一部壊れ、私の今後の生存を危ぶんだ周りの人たちが出版計画を急速に具体化してくれたから。
―この句集名にした理由を教えてください。(別案はあったのでしょうか)
この題名は、伊藤隆道の動く彫刻「16本の回転する曲がった棒」のもじりです。
特別好きな美術作家ということでもないのですが、子供の頃、天気予報の背景映像でよく見ていました。
それを60億に変えて人類のことにしたわけですが、群と無意識、一般論と個人の実存それぞれに跨る題名に成り得るのではないかと思ったもので(後付けですが)。あと長くて過剰な感じもしますし。
別案としては、だいぶ前、小澤實さんと会食した際に、「空爆」とかいろいろ挙げられたこともありましたが、わりとすんなり決まりました。
―装丁にはこだわりましたか。
出来る範囲で(予算の都合で、画家・装幀家に新しい絵を描いてもらうというのは出来ませんでした)。
版元の島田牙城さんも、抽象的なすっきりしたものではなくて、人が大勢いる具体的な絵というイメージを持っていたらしく、そこは最初から合致していました。
―句集を編んでみて気付いた自作の特徴はありますか。
滅んでいくもの、衰退していくものにばかり反応しているのではないかと思えてきました。
荒んだ風景ばかり詠んでいる「日本景」や、震災体験を詠んだ「うるはしき日々」、祖母が衰退していく「介護」などは特に顕著ですが、百人一首のパロディも、二度と戻らない幼時の正月の記憶(親類の大人たちを相手に回して一人で勝ちまくっていた。今は正月だからといって特に会うこともない)がまつわりついているわけで。
あと言語を「実物を指示するための単なる道具」と思っていないので、一応写生的な句でも何か感触が違うところがあるかもしれません。
一番古いカタカナ書きの「マクデブルクの館」の時は、現実と絶縁したものという志向があったわけですが、介護が終わった後、一種超現実的なものと普通の実生活とが自分の中で地続きになった感覚があり、それが反映していない旧作は捨てたということになるので、その連続性の感覚は多かれ少なかれどの句にもあるのかも。
―特に読んでほしい人はいますか。(特定の個人でも、抽象的な括りでもかまいません)
俳句に関心のない読書家。
―いちばん反響のあった句はどれですか。そのことについての感想も併せて教えてください。
よく引用されたということでは「人類に空爆のある雑煮かな」。
これが代表句のままだと、私が死んだら「空爆忌」にされて死因が何だかわからなくなる可能性があるので、他の句も読んでください。
―あなたの好きな季語はなんですか。(複数可)
句集で使ったことがあるものとしては「ぽこんぽこん」。
―あなたの好きな句集を挙げてください。(数冊でも可)
いずれ読み返そうと思っているのは『赤尾兜子全句集』。
これは自分が俳句をほとんど作っていなかった頃にはわりとすらすら読め、どこがそんなに難解なのかと思っていたら、俳句に馴染んでから見直したら、読みにくくなっていたという曲折があり。
―句数がこれだけ多くなったのはなぜでしょうか。はじめから意図していましたか。
今後句集を出せる機会があるかどうかわからないこともあり、よほど出来の悪いもの以外、既発表句はあるだけ全部入れると初めから決めていました。
また、作風のばらつきが激しいので、一冊にまとめて全方位性を見せてしまった方がどういう作者なのかまだわかりやすいだろうと。句集にまとめる前は、何がやりたいのかよくわからないと時々言われていました(今でもわからないという人、かなりいるのでしょうが)。
―好きな食べ物はなんですか。
好き嫌いがないので大体何でも。
今の気分だと蕎麦とか鮨とか(この前、寒夜にざる蕎麦食いたくなって、凍えながら食ったりもしましたね、そういえば)。
―おすすめのHPがあれば教えてください。
開ける度に御神籤みたいに別の絵が出てくるので、それを拾って壁紙にしたりしています。
―「俳句」(角川学芸出版)2013年3月号で、オリビアを紹介されていますね。オリビアとは、つまるところ、関さんにとって何なのでしょうか。
なりゆきで出来た妙なもの。
なぜか女性受けが良く、持ち運び用の手提げ袋を縫ってもらえたり、撮影中に小さい女の子が興味を持って走り寄ってきたり、今回は女性編集者に気に入られて雑誌にまで出てしまうことになりました(あと先月「わたしの宝物」の予告が出ただけの段階で、相子智恵さんからいきなり「オリビアですよね!」と期待を込めて図星をさされたり)。
何年も撮影に連れ回している上、ツイッターのアイコンなどでも使っているので、だんだん分身ともペットともつかない独自の位置を占めつつあります。
―どんなときに俳句が思い浮かびますか。
締切前。
―俳句、好きですか?
無くなったらかなり味気なさそうなので、好きなのでしょう。
―自筆の自選一句を、自由に揮毫してください。
エロイエロイレマサバクタニと冷蔵庫に書かれ
―ありがとうございました!
〈終〉
関連記事 : 第三回田中裕明賞授賞式
句集購入方法は、web shop 邑書林 → 関悦史『六十億本の回転する曲がつた棒』