佐藤佐太郎全歌集
昭和52年11月10日、講談社発行
二十代最後のクリスマスも終わりました。A子よりも先に磐井さんから「メリークリスマス!」とメールが来て朝から笑ってしまいました…。
遊んでもらおうと思ったら、村上さんは予定があるからダメだと言うので、そんならそうは言ってもクリスマスだしA子と過ごすかと電車に乗っていたら、新橋で飲んでるからおいでと東京の父こと真砂年さんからメールがきました。
結局A子も新橋に呼んで、ドガチャカやりました。イェイ銀座行きましょ銀座にゃ卯波ィー、という事で、酔っ払ったまま卯波へ行きドガチャカやって機嫌よく帰りました。
そして終電を逃し
○町のマックで朝まですごしました。
僕の二十代のクリスマスは終わりました…。
さ、短歌読もうかな
『歩道』の続きからですよ
昭和11年(佐太郎27歳)
わが心なにかにこだはれる如く暫くをりて朝床をいづ
27歳とは学生ほどは青くなく、でもやっぱり青い日々。これは27歳っぽい歌だと思う麒麟29歳の夜。
舗道には何も通らぬひとときが折々ありぬ硝子戸のそと
ご存知の代表歌ですね。なぜ佐太郎の歌を読むとなんだか浄化されるのでしょう…。でもそれは説明できないとこがいいんだと思います。佐太郎の歌はくどくど言わずにすっきりと美味い水みたいに味わうのが良いかと思います。関係ないけど自動販売機で水を買うとリッチな気分になる。
たまさかに部屋ごもるとき昼すぎて火鉢の灰に日の光さす
ふぁ~あ、出掛け、ようかな…。
おもほえず街空に鶴なきて透れるこゑを吾は聞きをり
俺は聞いたぞ、と。
あらはなる秋の光に茎のびて曼珠沙華さくただひとつにて
形がくっきりと、神秘的なほどに見えます。これ今回気付いたけど良い歌じゃありませんか?
電車にて酒店加六に行きしかどそれより後は泥のごとしも
あぁ人間臭い、佐太郎先生。酒店というのが良いですね、味がある味が。
昭和12年(佐太郎28歳)
街川のむかうの橋にかがやきて霊柩車いま過ぎて行かかたり
あ、霊柩車だ。なんだか実際口にしにくいですが霊柩車はきらきらかがやいといます。
ひとときの光といへど霜どけの上にさしたり音もせなくに
この「音もせなくに」に神秘的な明るさを感じます。
人生色々あるけれど、すっきり佐太郎、また来週。
ばーい