2015年10月29日

根を呑みて自己言及のなき木蔭

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フィリピンは、スペインが植民地化するまでの間に、全土を統一した王朝が存在しなかったらしい。地域(島々)ごとに有力な権力者がいて、近代に至るまでそれで済んでいた。だからなのか、同じフィリピン人っていっても、街を歩く人々を見ていると相当に顔や体つきなどが違う印象を受ける。そうなるとタガログって言っても、言語の地域差も実は相当あるんじゃないかと想像する。聞いたところでは、彼ら彼女らは、血縁を大事にし(つまり保守的で)、シャイでプライドが高く、たとえばミスを犯した人であっても、人前で面と向かって怒ることはタブーなのだという。そういう国民性は日本ではあまり知られてないのじゃないかと思う。やたら日本人論が本屋に並んでいることでわかるように、自分達への関心は非常に高いけど、実のところ南方の隣国フィリピンに対してどれほど興味あるのだろう。先の戦争では、フィリピン人が百万人以上、日本人が五十万人以上亡くなっている。フィリピン人からしてみれば、巻き添え食わされたわけで、親族を殺した相手である日本人は長く恨まれても文句言えた義理はない。幸い今は表立っては言われないようだけれども、忘れてくれたわけではないだろう。かつてかなりぴりぴりした状況であったことは、大岡昇平『ミンドロ島ふたたび』(中公文庫)などを読むとわかる。つい最近までフィリピンでも従軍慰安婦訴訟は継続していたし(最高裁で棄却)、日本人残留孤児(もちろん高齢者)の問題は現在も未解決。さらに戦没者の遺骨収集はもはや絶望的な気がする。私は、実際に行くまでそのようなことをほとんど何も知らなかった。