2015年9月28日

電柱を犬が濡らしてあとは霧

春画展を観にいった。細川家の永青文庫で行われているもので、Twitterの公式アカウントを見ると常に混雑しているようだった。そもそもキャパシティの小さい永青文庫での開催に加え、日本初の春画展かつこれまでに例のない18歳未満入場禁止の美術展という話題性もあってそれも無理はない。ある程度の覚悟を持って、目白駅から右折を一回。金木犀の道の先に、会場が見える。

第一展示室は最上階にあって、プロローグとして開催の趣旨が書かれている。春画の展覧会を国内で開催するに対して、展覧会場選定が難航した様子が見て取れる。そこはかとなく、様々な会場に春画展の企画を敬遠されたという怒りが読み取れ、最終的に会場を提供した細川護煕を讃えるような筆致だ。美術品として無修正で流通している春画になぜ年齢制限を設けなければならないのか、という戸惑いさえ見え隠れしている。後に物販ブースにも行ったが、エコバッグやTシャツ、手拭いのどの図柄にも春画から乳房や性器、或いは性交渉の場面が使用されていて、春画を猥褻図画と捉えるスキーマを転換させようという強い意志が感じられる。

18禁といっても、尾籠な雰囲気は一切ない。春画は江戸時代に禁制を受けてから一切が私家本として流通したため、却って自由度が高く技術的に最先端の表現ジャンルとなっていたらしい。観衆は当時の「超絶技巧」(なぜかこの展覧会の説明書きは「超絶技巧」という文句が好きなようで、いくつも記述があった)や古人のユーモアに、感嘆や微笑を繰り返していた。描かれた人物の戸惑い、緊張、羞ぢらい、愉悦、快楽の交差が、肉体や表情から察せられる。もちろん肉筆画は艶やかで美しいが、木版という硬直した素材から身体表現を描き出している技巧に驚きを禁じえない。中でも葛飾北斎の「喜能会之故真通」下巻第3図の「蛸と海女」(大蛸と小蛸が海女を襲う図)は、蛸の脚という脚が女体に絡み付いていてたいへん趣深い。これが大蛸が海女を襲っているだけの図ならば蛸のおぞましさが強く印象されるのだが、この小蛸がかわいい。女が蛸に対して「アレにくいたこだのう」と身を委ねているのに対して、小蛸は「おやかたがしまふと、またおれがこのいぼでさねがしらからけもとのあなまでこすつてこすつてきをやらせたうへですいだしてやるにヨ チウチウ(原文は繰り返し記号)」と頑張っている感じがしてとてもかわいい。この「チウチウ」にキュンとする。

全体を通して、ユーモラスで楽しい。ただひとつ、果たして始終イチャイチャしているカップルが多数見受けられたのが目障りだった。お外でチウチウしてろ、と何度思ったことだろう。そういうカップルはだいたい男が格好つけて博識な振りをするのだが「この歌川国貞ってのは、そうだ、『見返り美人図』を描いた人だよねぇ」などとトンチンカンなことを言い出すので、気をつけなければならないのである。