invited to tea
descendant of Dracula
Muhammad and Diana
意訳:茶会に招かれてドラキュラ、ムハンマド、ダイアナの血を引く者
茶会と云っても、欧米のアフタヌーンティー(つまり、午後の紅茶。サンドウィッチやスコーンをつまむパーティー形式が多い)やハイティー(夕食に近い)、日本の茶会(茶事。芸道と儀礼の側面を持つ茶道に基づく)、中国の茶会(茶芸という茶の作法に基づくが芸道でも儀礼でもない)、朝鮮の茶会(茶礼という儀礼的なもの)をはじめ、世界各国に様々なものがあるが、英語でinvited to teaと云えば、普通は英語圏における午後のティーパーティーにお呼ばれすることである。
上流階級の集まりというイメージが強いが、ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』に登場する、三月ウサギの庭園で催されている「気違いのお茶会」、米国で1773年に起こった「ボストン茶会事件」(「ボストンティーパーティー」)、米国で2009年から始まった「ティーパーティー運動」(保守派のポピュリスト政治運動)といった亜流も存在する。
原句には子音韻と母音韻を相変わらず使用しているが、それ以外で気を使ったのはdescendantを単数にしたことである。ドラキュラ、ムハンマド、ダイアナそれぞれの子孫ではなく、一人が三者の血を引いていることを明確にしたかったからである。同様に、和訳でも「子孫」や「裔」ではなく、敢えて「血を引く者」と一人が三者の血を引いていることを示す語句にした。
ドラキュラは、ルーマニアのトランシルバニアとワラキアを統治した、串刺し公とも呼ばれたワラキア公ヴラド3世のこと。ムハンマドは、イスラム教の預言者ムハンマドのこと(モハメッド、マホメットとも呼ばれる)。ダイアナは、ローマ神話の月の女神であるが、この場合は英国のダイアナ元妃のこと。ワラキア公ヴラド3世の子孫の一人は、英国王ジョージ5世の妻メアリー王妃。預言者ムハンマドの直系の子孫であるセビリアのスルタン家の娘サイーダはカスティーリャ王アルフォンソ6世に嫁いだが、彼らの子孫に仏国王アンリ4世の王妃マリー・ド・メディシスがおり、その子孫の一人に英国のダイアナ元妃がいる。
つまり、ドラキュラ、ムハンマド、ダイアナの血を引く者は、英国王ジョージ5世の曾孫チャールズ王太子(英国王室はインド皇帝の地位を返上しているので、なぜ日本で「皇太子」と呼ばれているのか不明である)とダイアナ元妃の血を引く者に等しい。現時点では、ウィリアム王子とヘンリー王子が該当する。ウィリアム王子のキャサリン妃が懐妊しているので、無事産まれれば彼らの子供も該当することになる。
俳句と同じく、茶は狭義の茶(チャノキの茶)と広義の茶(茶外茶を含む)が存在する。狭義の茶は、チャノキの葉や茎を加工して作られる飲み物である。実は、紅茶も緑茶も青茶(烏龍茶など)も同じチャノキの葉を使った飲み物だとはあまり知られていない。しかもチャノキは世界的には中国種(シネンシス)とアッサム種(アッサムチャ)の2変種しか出回っておらず、何百種類に及ぶ茶は皆そのチャノキの2変種を使ったものであり、ダージリンと宇治茶の差(いずれも中国種)、プーアル茶とアッサム茶の差(いずれもアッサム種)の違いは栽培方法と加工方法だけの違いである。あとは、香りづけや花などの混ぜ物などによって名称が異なる。広義の茶は、茶外茶という、茶と呼ばれるがチャノキ以外の植物などから作られる非茶類や混合類の飲料を含む。具体的にはハーブティー、桂花茶、茉莉花(ジャスミン)茶、そば茶、昆布茶などである。
ちなみに茶の呼称は世界共通。原産地は中国南部とされているが、そのせいか、元々古代中国語の一つの発音しかなく(たぶん「タ」に近い音)、それが方言で「チャ」系統のものと「テー」系統の二系統に枝分かれした。インド、中央アジア、チベット、イラン、ロシア語、中国の殆どの地域、朝鮮半島、日本、ベトナム、タイ、フィリピン、トルコ、アラビア、アフリカ、ギリシア、ルーマニア、ブルガリア、セルビア、チェコ、ポルトガルでは「チャ(チャイ・シャ)」と呼ばれることが多く、英米、フランス、オランダ、ハンガリー、イスラエル、イタリア、スペイン、北欧、インドネシア、マレーシア、スリランカでは「テー(ティー)」と呼ばれることが多い。実は、日本語では元々は大陸由来の古い発音である呉音「ダ」、漢音「タ」、唐音「サ」を用いており、「チャ」という音は後の時代のものである。
ちなみに、作者が好きな紅茶は、第二代グレイ伯チャールズ・グレイに由来する「アールグレイ」(中国茶の祁門・キーマン茶にベルガモットで柑橘系の香りをつけたもの)、正山小種が訛った「ラプサン・スーチョン」(中国福建省武夷山市周辺で採れた紅茶の茶葉を松葉で燻して着香したもの)。いずれも石灰質を多く含む硬水で淹れても香りが消えないため、英国本国で好評を博し、そののち大英帝国中に広がった。