2013年8月14日

国晴れて白石不舎の墓洗ふ

連日猛暑が続いている。岡山は晴れの国とも呼ばれ、本当によく晴れた日が多い土地である。その炎天下、お盆休みをもらって、岡山の県北に位置する津山に足を運んだ。大学時代を含めて8年ほど過ごした土地で、今回は久しぶりに俳句の先生の墓参りに行った。

先生の名は白石不舎(本名・哲)。新興俳句の旗手「西東三鬼」の弟子にして親友であり、三鬼の死後、成道寺に墓を作り、没後30周年に当たる93年には「西東三鬼賞」という文芸賞も創設した。また、「綱俳句会」を主宰し、2012年の2月末に亡くなるまで地域の俳句文化を活性化されていた。「狩」の鷹羽狩行先生と若かりし頃のライバルで、「白馬」「黒馬」と呼ばれあっていたと聞く。

僕が先生と知り合ったのは岡山国民文化祭がきっかけで、句会に参加させてもらっては「つまらない俳句は詠むな」と厳しく指導してもらった。しかし、各々の新しい試みや若々しい句にも敏感で、

旗させば春風お子様ランチかな

と詠めば、中七に春風ともってきたのは良い。「春風や」「春の風」などと、上五や下五に持ってくるのは容易いが、こういう使い方はあまり見ない。と褒めてくれたり

観月のおもちゃ箱よりシンデレラ

と詠めば、おもちゃ箱からシンデレラが出てくるなんておもしろいじゃないかと言われ、観月会の即吟で入賞に選んでくれた。

亡くなる直前まで本当に元気で、吟行に行くたびに先頭をズンズン進み、「若狭、お前は向こうの山にはまだ行ったことが無かったな?その次は谷に行くぞ」と、次から次に計画を立てていた。亡くなった時も、一度倒れて意識を取り戻したあと、数日の間に見舞いに来た人たちと話したいだけ話をし、その後息を引き取った。「先生らしい別れ方だなぁ・・・」「今頃三鬼先生と、おぉ!どうだ、見てたか?津山はこんなに俳句が盛んになったぞ?!なんて話してるかな?」と皆が口にした。

長くは関われなかったが、大好きな先生の一人。今頃、「わしでつまらん句を詠んでからに・・・」と苦笑しているだろうか?

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