『俳句開眼』秋星を飴玉となし
次に書架から取り出したのは、俳人平井照敏(1931~2003)の『俳句開眼』(講談社学術文庫 1987年)。
親本は、1979年刊。
内容は、一応俳句の入門書ということになる。
当然、こういった類の本を読んで容易に俳句の「開眼」ができるのならば、苦労はないわけであるが。
また、同じ講談社学術文庫なら、本来的には、小西甚一『俳句の世界』をあげるべきなのかもしれない。
ただ、本書については、初学の頃に読んでいくつかの部分が印象に残っているため、今回取り上げることにした。
平井照敏は、俳句の実作者でもある。
しかしながら、個人的には、その句業についてはあまり詳しくは知らない(相当句集が存在するようであるが)。
以前、『花神コレクション〔俳句〕 平井照敏』(花神社 1996年)という選句集を持っていたのであるが、あまりしっかりと目を通さない内にいつのまにか行方不明となってしまった。
さて、『俳句開眼』についてであるが、主に、俳句の歴史、古典俳句、実作、観賞によって構成されている。
平井照敏は、元詩人で大学教授ゆえ、やはり通り一遍の思考しか有さない書き手とは、やや一線を画す側面があるようである。
その文章には、時として、通常の内容にとどまらない知見が顔をのぞかせるところがある。
例えば、この『俳句開眼』の第三章「俳句の実作」の「主題」の項の「ことばが創る」と題された文章には、次のような内容が見られる。
ことばと長くかかわってきた人はみなそれを経験したはずだが、ことばがいわば、ひとりでに動いて一句を成してしまうのである。私自身の句でいえば、
リヤ王の蟇(ひき)のどんでん返しかな
がそんなふうに成った。このような句は何と説明してよいかわからないのである。(……)相互(そうご)に無縁なはずのリヤ王と蟇とどんでん返しが、まるでことば自身が結合を願っているかのようにして結びあった。(……)相互に無縁のようなことばが並んでいても、シュールレアリスムのことば同士には、それらを見通し統一させる至高(しこう)の一点があるといわれる。この句にも、どこかに、離れた語を統一している高次の一点があるのにちがいないと思う。
(……)
いわば、書く生活のとある刹那(せつな)、ことばが自発的運動をしてしまい、作者を超えて、突如(とつじょ)作品として受胎(じゅたい)してしまったかのようなのだ。素材はあくまでことばである。技術は、ことばの自動運動、あるいは、日常、たえずことばを結んだり離したりしている習慣と、勘、あるいは熟練(じゅくれん)である。
ではこんな、一見わけのわからない句の魅力は失(う)せやすいものかといえば、逆に、そのわけのわからなさがいつまでも魅力でありつづけるのである。もしかしたら、このようなことばが作者を超えて動きだした句こそが、句を書くことの、もっとも純粋な形なのかもしれないとさえ思わせるのである。
こういった部分まで踏み込んで記述する俳句の入門書はやはり稀であろう、
もう一つ、少々興味深い箇所を引くことにしよう。
同じ第三章「俳句の実作」の「俳句の音楽」の項の「ことばの実験室」より。
俳句は短く定型なので、一句のなかのことばの働きをしらべる、もっともふさわしい実験室のように私は思う。私が俳句を始めたのは、もともと詩におけることばをいろいろの観点から調べてみようと思ったからだった。短い詩型は一種の暗号で、短い形で最大のひろがりをもとうとする。そのために、一度そのおもしろさに興味をもつと、とりつかれたようになって、離れることができなくなる。私はそのような阿片吸引者(あへんきゅういんしゃ)の一人だが、俳句にかかわる年数が長くなるにつれて、俳句が普通考えられやすいイメージ詩ではなくて、独自の音楽をもち、それがイメージを底から操(あやつ)っているものと考えるようになった。
「阿片吸引者(あへんきゅういんしゃ)」か……。
私は、酒や煙草も、パチンコや競馬などの賭け事もしない、きわめて品行方正な人物なのであるが(俳人失格?)、唯一、このような危険なものに手を出していたんだなあ、と。