2015年9月18日

芋の露そのひとつぶに夜がまはる

ラーメンの誘惑は果てしない。ダイエットをすると決めたはずなのに、空腹で野方駅を降りると、どうしてもラーメンを食べたくなってしまう。ぼくはマリオネットのようにその店へ歩を進めた。食券機の前に立っていきなり気が変わって、チャーハン650円のボタンを押した。ぼくは結構、きまぐれでお調子者だ。ペロリと平らげて席を立つと、店主さんにはじめて「いつもありがとうね」と声を掛けられた。

ああ、遂にこの日がやってきてしまった。

こんな時、人の反応はだいたい二つに分かれる。ひとつは、素直な人々の場合。

「あ、覚えてくれたんだ。うれしー。また来ようっと。」

きっとそう考える。もうひとつは、ひねくれ者や恥ずかしがり屋さんのパターン。顔が知られるのって、すこし、嫌だ。どちらかというと、ぼくは後者である。今までのぼくの挙動言動を、この人は見ていたのか。知らないうちに、覗いていたのか。

それは、困る。

スープの唐辛子に胃をやられて完食できるか焦っていたり、ダイエットを始めてから大盛りを頼まなくなったり、俳句甲子園の戦友である河田とここでは到底書けないようないかがわしい話をしていたりしたのを、この人は知っているのかもしれない。

ぼくは自意識が過剰なので、人がぼくをどう思っているのか、どうしても気になってしまう。寝過ごして反対ホームの電車に乗り換えるときなどは(アッこいつ寝過ごしてやんのっ)と心の中で嘲笑されるのが怖いので、一旦化粧室へ逃げ込んで見えざる追手を巻き、用を足すふりをしてから反対ホームへ移動するようにしてしまう。待ち合わせをしているときも、(こいつ待ち合わせしてやがるな?)と思われるのが嫌なので、出来るだけ目立たない隅っこに立つ。隅っこは安心するのだ。誰もぼくのことなど気にしている暇はない。わかってる。わかってはいるけれど、怖い。人付き合いは比較的上手い方だとは思うが、それは根底に嫌われたくないという思いがあるからだ。豆腐のようなこころで、ぼくはいつもぷるぷるしている。

「いつもありがとうね」と言われて、ぼくの喉は急に締まった。声が出なくなってしまった。こんなことは、映画館の発券係に「どの映画をご覧になりますか?」と聞かれて「ぷ、ぷりきゅあ……」とすら答えられず黙りこんでしまったとき以来だった(断っておくが別にプリキュアが好きな訳ではなく、特別にプリキュアを観に行っただけである)。「ごちそうさまでした」という声が掠れた。その分お辞儀のジェスチャーは大袈裟にして、店を後にした。

またあの店に行くことはあるだろうか。ああ、ちょっと怖い。でもやっぱり、空腹で駅を降りた日には、また行ってしまうのだと思う。だって、ラーメンの誘惑は果てしないのだから。