平成2.11.20 富士見書房刊行
俳句研究別冊 能村登四郎読本
昆虫がものすごく苦手で、もちろん触れないし、カブト虫のぬいぐるみや虫の写真付きの辞典、ジャポニカ学習帳も触ることができない。もちろんカナブンも駄目。でもゴキブリを殺すことは出来る、時には熱湯を浴びせたりもして、容赦無く殺す。
蜘蛛は大丈夫、ミミズ、蛙も大丈夫。芋虫系は手に載せることも出来る。むしろ好きな生き物だ。
蛇もどっちかと言うと好き。
あ、蝉は絶対に無理、死んでいようが触ることはできない。
魚は大好きで一人水族館も出来るし、いつまで眺めても飽きない、ニモもポニョも何度も観た。
魚の死体は絶対に触ることが出来ない。川魚の店で鯉の輪切を見た時は全身鳥肌で妻にしがみついて目を閉じながら歩いた、とにかく駄目。あの愛らしい鯉が輪切にされるだなんて地獄だ。
ちなみに鯉こくは大好きである。
海老や蟹を見ていると楽しい気分になる、なんて可愛い生き物なんだろう。
しかしながら、海老を剥くなんて絶対に出来ない。頭からぼきぼきと剥いて醤油をつけて美味しくいただくだなんて信じられない。
料理として完成された状態で出てくる魚、蟹、海老は大好き。
自分でも基準がよくわからないけれど、まぁ、そういうもんなので仕方がない。
じゃあ『民話』の続きです。
一握の草庵を抱き芽吹く山
住めば都。でも花粉症の人は無理か。
白鳥去り雪嶺のやや老兆す
老兆す、に味がある。
なかんづく美男羅漢や蝶したふ
美男にことはいいことだ、なかんづく。
くもる日の甘さ充ちをり夜の新樹
こもるような甘さ。
竹植ゑて眼はおどおどと人怯ゆ
話かけられることが苦手な人。
衣更して宵までの鋸仕事
頑張る。
飼はれゐる蟹の音して月夜らし
ガサガサ、結構なガサガサ。
ひそひそと青梅育つ夜雨の後
ひそひそ、もこもこ。
螢死に水のかほりの螢籠
もわんと。
青滝や来世があらば僧として
もはやなりたいぐらいの憧れ、僧。
あまた蟹の眼に囲まるる蟹踏めば
蟹「やりやがったな」
さわさわと白着て坐る盂蘭盆会
さっぱり。
晩夏にてくもり常なる隠り沼
くもりもくもく隠り沼。
しじみ蝶ふたつ先ゆく子の霊か
しじみ蝶の小ささがかなしい。
野分波何釣るとなく竿あそび
釣れなくも、えぇ、楽しいですとも。
さいはての心漂ふ野分波
心がちゃぷちゃぷ。
雉子鳴いてしぐれ明るむ杉の空
光さしこむ感が良い。
板前もしばらくはゐる落葉焚
板前「あぁ、休みが欲しい」
菊を焚くうしろを通り声かけず
邪魔せぬように。
また長き阿蘇の冬見む北の窓
もう春を待つ。
納屋裏の藁焼く場処のきまりゐる
ここ。
考へるときは瞑る冬霞
名僧の瞑想。
夜の河を背に明日を売る暦売り
売って売って売りまくる、明日を。
厳冬の白紙厚き夕厠
もうちょっとソフトなやつが欲しい。
冬霞はるかな祖母の匂ひ来る
祖母「祖母ですよー」
先づひとつ旅程書き入る春暦
遊びまわりたい。
寒蕨他もうす味の誕生日
大人の渋い誕生日。大人とは、うす味のこと。
藁塚ふたつ瞳に入れてあたたかき
痛ぇ、あたたけぇ!という実景ではない。
水で拭いて寒の畳目こまかくす
じっと見てますます細かい。
雪なき冬母のまはりに紐ふえて
紐三昧。
溝をゆく水に速力夜の梅
ぐんぐん行くよ、溝を。
深味ある冬なりしかど過ぎにけり
しかど過ぎにけり。
祈るごとひざまづくなり雛流し
雛流し、見てみたいけど、かわいそうでやっぱり僕には無理かな。
あたたかく藁が饐えゐる父の畦
ぬる酸っぱい。
やっと第四句集が終わりました。まだまだあります。
じゃ
ばーい