冷戦が来て性別を確かむる
戸川昌子はほとんど読まずに来てしまい、今頃1,2冊読んで、これはちょっともったいないことをしていたのではないかと思っている作家である。
読まなかった理由はわりとはっきりしている。
娯楽小説に入ってくる性愛描写が面倒だったのだ。
その間ストーリーテリングは止まるし、何より、不要なサービスの押しつけは単に邪魔である(べつにミクシィの話ではない)。
『赤い暈』は、染色体上は「男」なのではないかと疑惑を持たれた女子水泳選手と、その肉体の調査を通じて国際的な陰謀に巻き込まれていく医師夫妻がたどる異常な顛末を描く分厚い長篇なので、性的な描写ももちろん入ってくるのだが、ラストで現われる謎めいた崇高な風景は、この過程を経なければたどりつけない地点だったのだろう。
J・G・バラードや『2001年宇宙の旅』にも通じるような、人間性を超えてしまったところにのみ出てくる美とでもいうべきか。
「装幀懐旧買い」にも、たまにはこういう当たりがあるのだ。
