原稿紙みるみる網と化す餅焼かん
基本的にはあまり読んでこなかった作家の本ばかり取り上げているのだが、ときどきそうでないものも混じる。
出たとこまかせなのだ。
眉村卓は手に入った著作は全部読んできた作家である。
『鳴りやすい鍵束』は当時ラジオ番組を持っていた作者が、毎回朗読用に書いていたショートショートを集めたもの。
毎週締切が来るだけでも大変だが、さらに相方の女子アナウンサーからお題を出されて難儀したりもしていたようだ。
収録作の「かずのこのかなしみ」では、作家当人の情況そのままの、「かずのこのかなしみ」なる題を出されて苦しんでいる男がホテルでカンヅメになって苦しんでいる。
こんなタイトルでどうしろというのだなどとぼやいていると、突然窓から巨大なカズノコが侵入してきて、ワアワアオウオウと声を限りに号泣し始める。
何ごとかと見ているうちにカズノコの涙で床がどんどん溶けてゆき、カズノコは落ちてどこかへ行ってしまう。
窓の外を見ると、いつの間にやらまるで見慣れない異世界になっているではないか。
何がどうしたのかわからないが、自分はもう原稿を書かなくていいのだと喜び、ふと振り返ると原稿用紙は網に変わっていて餅が膨れていくところだったという話で、このやけくそさがケッサクだった。
去年、週刊俳句の新年詠に出した拙作10句のなかに《かずのこのかなしみをあやし環となる白雲》というのがあるが、このカズノコもここから取ったものである。
