2012年1月11日

氷面鏡いくたりの我生きて沈む

今回はタイトルに反して、どうでもよくはなく、何回読み返したかわからない眉村卓『ぬばための…』である。
山田維史の不気味な雰囲気の装幀も、現実離れしているのに妙に生活実感のある地獄めぐり的な内容も、どちらも根深くしみついてしまっている。埃っぽいような戦後の混乱の記憶が世界設定に反映しているのだろう。
遊園地のお化け屋敷のトロッコが途中の暗がりで止まってしまい、歩きはじめてはみたものの、いつまで経っても表へ出ず、暗いままである。
そういう仕方で異世界へ迷い入ってしまった男が、一緒に迷い込んだかつての上司一家(妙に精力的なのだ、この元上司)と力を合わせ、得体の知れない世界からなんとか戻ろうとしつつ、当面の居場所を確保していく、しかし……、という話である。
どうも小中学生の頃の自分は、多元宇宙とか異世界に迷い込んでしまう類の話ばかり好き好んで読んでいた気がするが、行った先が快適な、いかにもファンタジックな作品というのにはあまり反応しなかったようだ。
不安と表裏一体の迷子感、浮遊感が何ものにも代えがたかったのだろう。
ずいぶん後になって、そういう作りのものでは古典的名作であるフレドリック・ブラウン『発狂した宇宙』も読んだが、『発狂した宇宙』や『ぬばたまの…』のように、異世界の成立事情自体までがSF的アイデアとして面白ければいうことはない。


*眉村卓『ぬばたまの…』講談社文庫・1980年