2012年5月6日

天使が降りていつはりの愛見せてくれし

私の現在史1;猪村直樹

かつて「沖」に猪村直樹という作家がいた。20年ほど前に『二水』という句集を編んで俳壇から消えた。当時の年齢は30代半ばで、今の『新撰』世代に相当するだろう。猪村を入れて座談会をやってテープ起こしをしたら彼の発言が一言もなかった。つまり座談会で二時間口を開かなかったのである。その強烈な自己主張に私たちは畏敬の念を覚えた。

花疲れ人のうしろにゐて撮らる

仲間うち一人だけ汗退いてゐる

今日もまた昼めしぬきに蝶舞へり

今点きし春燈までは同番地

消し忘れ来し寒燈に待たれをり

撮られたる白鳥のまだネガのまま

これらを読むと、今の『新撰』世代に固有と思える意識が既に20年も前に作りあげられていたような気がする。当時誰もこのような詠み方はしなかった。鬱とか過労死とかフリーターとか、高齢未婚(猪村も比較的高齢の結婚だった)とか、当時考えられなかった憂鬱な世界を猪村は当時から引き受けていたようだ。猪村は、もしかしたら中原道夫や正木ゆう子をしのぐ作家になりえたのかもしれない。