lunar crust
the last droplet
of living water
意訳:月の殻流水終の一滴か
飲食物の中で最も重要なのは水。成人の場合は体重の約60~65%、胎児の場合は実に約90%が水で満たされている。そのうち、約3分の2が細胞内に存在する細胞内液、残りの3分の1が細胞外液であり、細胞外液は更に血液、リンパ液、細胞間に存在する細胞間液に分けられる。細胞内液や細胞間液がなくなれば、ミイラか干物状態になってしまうのは言わずもがな。そして、体中に栄養、酸素、ホルモン等を運んだり、老廃物等を運び出したりする血液も重要なのは言うまでもないが、その血液は腎臓でクリーニングされて一部の不要物は尿とともに排泄される。それだけでなく、今のような夏場では、体内の水は汗の形で体温を調節し、我々が死なないようにしてくれる。つまりのところ、水こそが人間の生命維持に最も欠かせないものであり、飲食の最大の目的は水分を摂取することに他ならない。栄養やカロリーも大切だが、少しくらい摂取しなくても人間は生きていられる。
昨日と一昨日は英語の句の方が和訳よりも劣っていたが、今日は和訳の方が圧倒的に悪い。ただ、悪いのは韻律ではない。原句は子音韻を多用しているが、和訳の方でも若干の押韻を試みている。今回悪いのは、living waterの訳にある。「死水」に対する「流水」という意味なのだが、英語の方には「生きている水」というニュアンスもあるが、日本語では消えてしまっている。living waterという言葉は、死の世界である月にも水や生命があった可能性を暗示している(学界の定説ではない)。現在は水はないが月面の地下には氷の地殻がある、という氷衛星説にも沿っている(これも定説ではない)。それに、成功しているかどうかは微妙だが、作者としては、水が全くない月世界における最後の一滴という表の句意に留まらず、(月に限らない)死の世界における唯一の生命というイメージを込めたかった。
人間は固形の食物からも水分を摂取しているが、やはり主な摂取経路は飲料であろう。その場合、水素原子2つと酸素原子1つの化合物である「狭義の水」である可能性は少ない。狭義の水は無味、無臭であり、飲用に適していない。水道水にしてもミネラルウォーターにしても味に貢献する不純物が入っている。もちろん、水といっても、living waterでなくwater of life(直訳すれば「命の水」)と云えば、ただの水ではなくとても美味しい飲み物になる。ラテン語でaqua vitae(アクア・ヴィテ、「命の水」)と呼ばれていたものは、ポーランド語でwódka(「ちっちゃな水」)になり、ロシア語のводка(ヴォーットカ。つまり、日本でいうウォッカ)になった。同じ語源から派生したフランス語のeau de vie(「命の水」)もあるが、こちらはウォッカではなくブランデーの一種を指す。日本人も酒好きな国民であるが、強い酒を「命の水」と呼んでは堪能する欧州の人々には頭が下がる。
余談であるが、作者は「命の水」(ウォッカもブランデーも)が好きである。ウォッカは、フランスのグレイグースとポーランドのズブロッカを愛飲している。前者は、ロシアやポーランドのウォッカとは異なり、濾過を最小限にとどめて原材料の味わいを生かすというコンセプトで作者の先輩(米国人)が1997年にフランスで製造を開始したもの。後者は典型的なポーランドのウォッカで、蒸留と濾過の技術を駆使してピュアさを追求し、それにポーランドの世界遺産であるビャウォヴィエジャの森で採れるバイソングラスを漬け込んだもの。このバイソングラスの香味が絶品で、トニックウォーターで割って飲むと、暑さを忘れてしまうような清涼感のある飲み物になる。