春昼の紙巻いて遠眼鏡とす  橋閒石

紙をくるっと巻いて、望遠鏡のようにそこから向こうを眺めてみる。「菜の花の」であれば菜の花が見えるし、「春の海」なら船やかもめが見えてくるが、「春昼の」とぼやんとした季語を合わせてくると、ただ春の光がかがようだけで、何も見えないような感じがする。でも、その何も見えないということこそが本質なのではと合点して読者が喜ぶ楽しみを与えてくれる一句か。ほんのちょっとしたことを「遠眼鏡とす」なんて大仰に言っているのも俳味がきいている。

『橋閒石全句集』(白燕俳句会・平成十五年)より。句集『虚』所収の作。