鎖骨も夜中のアイスクリームもさびしいと、二者を「さびし」というカテゴリーで括ってみせたが、実際にはこの並列が、夜の一風景を切り取る描写となっている。夜中にアイスクリームが食べたくて冷凍庫から取り出し、匙で掬って口に運んだその自分が、ふと鏡か何かに映ったとき、襟ぐりのあいた寝間着から見える鎖骨。一人でアイスクリームを食べる夜中には、美しい鎖骨も、何も意味をなさないように思えてくる。この句にひどく共感してしまう私もまた、さびしさを抱えているということなのだろう。
句集『兎抱く』(マルコボコム・2013年4月)より。そのほか、特に惹かれた句をいくつか。みずみずしい抒情と大人の女性の潔さとが共存するのが、彼女の句の特徴か。
立春や砕ける波の薄荷色
夜遊びの過ぎて水菜のサラダかな
マカロニの貝のかたちや夏兆す
飽きるまで泳いで夕日まみれの背
街果てて墓ひろがりぬ鰯雲
遮断機は大きな腕月を盗る
窓際を男に譲る旅始
うみというさみしきひびき兎抱く