「汎神論とはいへ」というところで軽く切れがあると読めるだろう。
「汎神論」とは、万物が神の顕現でありまた神そのものであるという考え方のこと。
その思想を認めつつも少し矛盾する思いがある「とはいへ」。
湧きあがる鍋を少しの水で治めるという行為は、神の行為に似ていて、
なにげない「びつくり水」は自分を神と思い込むに足るものであり、
そして、「冬菜」の美しい緑色にここにも世界が生まれるのを見たのかもしれない。
「びつくり水」(『現代詩手帖 9月号』思潮社、2013)より。
「汎神論とはいへ」というところで軽く切れがあると読めるだろう。
「汎神論」とは、万物が神の顕現でありまた神そのものであるという考え方のこと。
その思想を認めつつも少し矛盾する思いがある「とはいへ」。
湧きあがる鍋を少しの水で治めるという行為は、神の行為に似ていて、
なにげない「びつくり水」は自分を神と思い込むに足るものであり、
そして、「冬菜」の美しい緑色にここにも世界が生まれるのを見たのかもしれない。
「びつくり水」(『現代詩手帖 9月号』思潮社、2013)より。