薺打つ初めと終りの有難う 川崎展宏

今日は人日、七草粥を炊いて無病息災を願う日だ。「薺打つ」も新年の季語、七草粥に入れるための若菜を刻むことで、歳時記には「六日夜または七日早朝に、右手に包丁・左手に杓子をもって、まな板の若菜をたたく」とあり、ちょっと儀式的な雰囲気も漂う。
「初めと終り」は第一義的には「薺打つ初め」と「薺打つ終り」だろうから、七草や大地に感謝しながら薺を打ったという句なのだ。でも、もちろん、そのむこうに「人生の初めと終り」も透けてみえるわけで、おぎゃあと生まれて長く生きてきて、薺を打って七草粥をいただいたりしながら、ありがとうと言って終わりたい、そんなやわらかな気分でいるのだ。「有難う」という呼びかけの言葉が、一句をふっくらと仕上げてくれていて、展宏さんらしい、心の砂地にしみわたってくるような句だ。

角川「俳句」2010年1月号に掲載された新年詠のうちの1句で、『春 川崎展宏全句集』(ふらんす堂 2012年10月)の一番最後に置かれている。