見つめあふことかなはざる雛かな 大木あまり

内裏雛は並んで前を向いて飾られているので、夫婦でありながら、互いに見つめあうことはかなわないのである。言われてみればたしかにそうだ。どこまでもひとがたであって人間ではない雛のあわれが、しみじみ切ない。最近、もうひとつ、私と雛との関係性と読むこともできると思うようになった。雛の前で、雛を見つめる。だけれども雛のまなざしは遥かをとらえていて、私は決して雛と見つめあうことができない……。これもまた、切ない。「できざる」ではなく「かなはざる」であるところに、見つめあいたいという願いが読み取れる。

句集『星涼』(ふらんす堂 2011年)より。あまりは雛の句の名手。ほかにも好きな句がたくさん。今日の朝日新聞「うたをよむ」欄にも、掲句とは別のあまりの雛の句を取り上げて鑑賞を書かせてもらっている。