生きている人間にとっては、百年は人生の長さ。しかし、死者にとっては、もう命を落とすことがないわけだから、その後の年月は無尽蔵に残されている。「は」「に」の助詞の接続もタイトで面白い。意味としては「(生者にとっては違うが)死者は百年を短いと思う」と、「は」は死者のあとに来るのがふつうだが、ここでは「百年は」。その屈折が、句に奥行きを与えているように感じる。さて、柿の木にとって、百年は、短いのか、長いのか。
句集『遠き木』より。
生きている人間にとっては、百年は人生の長さ。しかし、死者にとっては、もう命を落とすことがないわけだから、その後の年月は無尽蔵に残されている。「は」「に」の助詞の接続もタイトで面白い。意味としては「(生者にとっては違うが)死者は百年を短いと思う」と、「は」は死者のあとに来るのがふつうだが、ここでは「百年は」。その屈折が、句に奥行きを与えているように感じる。さて、柿の木にとって、百年は、短いのか、長いのか。
句集『遠き木』より。