今、過疎化が叫ばれている。そもそも少子化により、日本の人口はみるみる減少しているから、単に田舎の問題でもない。成熟した世界が緩やかに老いてゆこうとしはじめた現代社会の上に、やわらかく立っている一句である。人間の増減だけを勘定していた視点を少し脇へおいて、改めてその土地を見つめてみると、人間以外のものは、変わらずそこにあるということに気づく。草も、木も、鳥も、虫も、そして人間が作った建物や庭やぶらんこも。その気づきは、人間の一個体の価値を、相対的に小さくするが、その事実を良いとも悪いとも言っていないところに、誠実さを感じる。
ふらここ=ぶらんことはそもそも、人間を乗せる遊具であるという本質からして、そのほとんどの時間を、人の不在の孤独に耐える運命に置かれている。だからこそ、「いなくなるのは人ばかり」という感慨を具現化するのにふさわしい。誰も乗せないまま風に揺れているぶらんこが、人に想起させるイメージは、驚くほど統一されている。それを本意と呼んでもいいのだろう。
「小熊座」(2014年5月号)より。