実家に帰るのは盆と正月くらいなので、お寺参りなども盆にしかしなくなった。子の大きくなった家では、そういう家が多いのではないか。彼岸と違ってにぎやかになったお寺で、それでもお寺は煌々と明るいものではないので、それぞれの提灯や蝋燭にゆらめく火に仏像が照らされている。仏像の目は一番最後に彫られるもので、とても大切なものだ。仏像の顔ではなくて、佛眼とすることで、この「よろこび」が本当にうれしいものなのではないかと感じる。
『飯田龍太 自選自解句集』(2007年 講談社)より。
実家に帰るのは盆と正月くらいなので、お寺参りなども盆にしかしなくなった。子の大きくなった家では、そういう家が多いのではないか。彼岸と違ってにぎやかになったお寺で、それでもお寺は煌々と明るいものではないので、それぞれの提灯や蝋燭にゆらめく火に仏像が照らされている。仏像の目は一番最後に彫られるもので、とても大切なものだ。仏像の顔ではなくて、佛眼とすることで、この「よろこび」が本当にうれしいものなのではないかと感じる。
『飯田龍太 自選自解句集』(2007年 講談社)より。