沈黙を水音として冬泉  綾部仁喜

決して無音だけが沈黙ではないという主張だろう。継続でいえば、音があり続けることよりも、沈黙が続く方がたやすい。続くその水音をそういったことから、これはむしろ沈黙なのではないかという結論に至ったのだろう。冬の水というのは、鋭さもあるが、空気が澄んでいる分、音の響きも鮮明に聞こえる気がする。他には、何の音もない情景で、冬の水音のみが鳴り続けているのだろう。

句集『沈黙』(2008年 ふらんす堂)より。