蓑虫を自分の鼻のやうに見る  鴇田智哉

そういえば私、鏡に向かい合ったとき、自分の鼻を、どんな風に見ていたっけ。
私の中の無意識に、すーっと伸びてくる手のような、掲句。
宙ぶらりんに垂れている蓑虫、のような自分の鼻は、決してオードリーヘップバーンやグレゴリーペックのような確かで高く美しい鼻ではなく、あいまいで、印象も揺れているような、ぼんやりとした鼻なのである。

「六分儀」11号(花乱社 2015年2月)作品5句「釦」より。
芥川龍之介の小説「鼻」もそうだが、鼻という顔のパーツが、妙に文学的価値を持つ瞬間があるのは興味深いことだ。瞳や唇に比べて、鼻にはあまり表情がないからだろうか。