蝶がたくさん飛んでいる日、それはもう「蝶の日」と呼んでいいだろう。
俳句形式はきっと、するりとそれを受け入れるだろう。
しかしこのひとは、呼ばない。
たくさんの蝶に出会って、思いついて、呼びたくなって、俳句にして、
それでも、「蝶の日」とは呼んでいない。
これは、今日への、蝶への、言葉への、自分の思いへの、誠実さなのだ。
「蝶の日」(『俳句 3月号』KADOKAWA、2015)より。
蝶がたくさん飛んでいる日、それはもう「蝶の日」と呼んでいいだろう。
俳句形式はきっと、するりとそれを受け入れるだろう。
しかしこのひとは、呼ばない。
たくさんの蝶に出会って、思いついて、呼びたくなって、俳句にして、
それでも、「蝶の日」とは呼んでいない。
これは、今日への、蝶への、言葉への、自分の思いへの、誠実さなのだ。
「蝶の日」(『俳句 3月号』KADOKAWA、2015)より。