あかるい句だ。「柚子湯が明るい」という把握も、「途中までしか知らない歌」も、それ以上を追求することもされることも、ない。実際は、柚子湯が明るいのではなく、浮いている柚子の黄色が明るいのだろうし、歌もサビだけ知っていて、サビが終わってはもう一度なんとなくサビが始まる、みたいな感じなのだろう。説明をつけようと思えば、つけられる。でも、そこまで言わなくてもいい、言いたくない、そんな気分にさせられる。ちょうどいい、明るさと諦めがある句だ。
特に、「途中まで知らぬ歌」という把握は、この把握自体に諦めがある。知らないこと、それ以上を知ろうとすることを、(言い過ぎると)この世から排除しているような感じがある。
これでいいんだろう、と読者を納得させ、諦めさせてくれる。気を遣われていないから感じられる「楽さ」みたいなものだろうか。読者といい関係を築ける俳句だ。