石蕗の花を詠むと、たいてい「庭の隅に咲いている」系の句になるのだが、その発想から句を練り上げ練り上げて普遍の真理へと到達させ得たのが掲句。「一」を用いた熟語を重ね、石蕗の一所懸命と充足を、簡潔に詠みあげた。「せり」の切れ字に潔さが香る。
この秋に亡くなられた和田悟朗氏の、新刊『シリーズ自句自解Ⅱベスト100 和田悟朗』(ふらんす堂 2015年10月)より。句集『人間律』所収の作品。
本の末尾には「私の作句法」と題された小文があり、和田悟朗らしい作句ポリシーがつづられている。
人類同士では、時間空間といえば説明しないで、お互いにわかり合う偶然の能力を持っている。「時」とは何かと言えば、必ず宇宙とか空間の概念を使わないと言えない。「空間」は何かといえば、宇宙とか時間の概念を使わないと言えない。それは真理ではなく、人類だけがたまたま発見したいいかげんな言葉だ。おそらく宇宙の存在は、それに関連する力がどこかにあって、時間空間という言葉をつかわないで動いているのだろう。(略)時間空間とつき合っていたのではだめだ。人間が勝手に理解しやすいように、ありもしない時間空間を仮定して喋っているのだ。
悟朗のやや難解な句も、人間の外の力を人間の言葉でつかまえようとする営為の中では必然なのだと頷ける。