赤飯のおにぎり買って余寒の椅子  神野紗希

(スピカ「岸辺」2016-3)

 産後すぐの作品。病院という場所は、入院している人には勿論手厚いのだが、付き添う人は、ベッドから食事まで簡易に済まさねばならない場所である。日暮になると、やたらとパイプ椅子が倒れる音がして、あそこもここもお見舞いが来ているのだろうと思ったりする。
他の妊婦さんが、まだこれからだというのに大仰に祝うことは気が引けるし、「赤飯のおにぎり」という幾ばくかの目出度さがいい。あるいは、お祝いでなく、純粋に食べたくて買ったものかもしれないが、「余寒の椅子」が病室の何とも言えない殺風景さを言い得ていると思う。
 昨年の暮れから、紗希さんにとって「椅子」は親しいものになっている。「冬眩しパティオの椅子に小枝散り」(スピカ「眩し」2015-11)、「木の椅子やセロリ齧って詩を読んで」(スピカ「春のりんご」2016-2)。
 何かのドラマで妊婦さんに付き添うおばさんが、「何もしなくていいの!じっとしていることが仕事なのよ!」と言っていたのを思い出す。否が応でも、そこにいなければならない。地に足をつけ続けなければならない。「遠さ」を内包して、煌いていた世界は紗希さんに変らず見えていたのだろうか。