前髪を切る音クロッカスの咲き   北川あい沙

 
家で鏡を見ながら前髪を切っているのだろうか。いや、「音」に特化しているから、美容室で切ってもらっていると考えた方が自然だ。目をつむって、鋏の音を聞いている。さっき窓に目をやったとき、クロッカスが咲いていたなあ。「クロッカスノサキ」という言葉のひびきは、前髪を切るときのサクサクとした音に似ている。そこがこの句の素晴らしさだ。前髪を切って、見通しのよくなった視界に、クロッカスと窓が、また快く映る。
 

第一句集『風鈴』(角川マガジンズ 2011.8)より。一句の質量を重く重くしてその負荷で詩を発生させる方法もあれば、逆に、軽く軽くして、そこに何かがあった記憶のようなものだけを残す詩の作り方もある。北川の句は後者だ。これは、今井杏太郎門(今井も含めて)に共通する特性だろう。風船に空気をたっぷりと入れたら、空へと高く舞い上がって、てのひらには風船の匂いだけが残るような、そんな俳句。
集中、他にもいくつか。

 

マグダラのマリアはさびしカメリアも

西日なか孔雀の羽根に風の吹き

深き息してゐる森の茸かな