鯉の頭を一撃そこに百合の花   吉本伊智朗

さばいて料理するのだろうか。「鯉の頭を一撃」の激しい動きと文体のあと、「そこに百合の花」のさりげない口吻が、平然としすぎていて怖い。世界というのはこういうものだという、客観の句だ。百合の花は、清楚なイメージがあるが、大ぶりな花で、強い香りがなまなましい。鯉の死とならべられることで、その百合のなまなましさがひきたつ。食はものを殺すことで、死は生きているものの中で起きること。そんなリアルが在る。

第八句集『和実』(本阿弥書店 2011.5)より。句集名の「和実」は、歌舞伎の用語。あとがきで作者は「和事(わごと)と実事(じつごと)とを折衷したような役柄だという。それがいつからか、私の内部で親しい言葉になっていったようである」と、その選択の所以を書く。歌舞伎と俳句の共通点のなかでも、自身が魅力を感じるとして挙げたのはどんでん返し。吉本自身の句も、大胆な把握に、どんでん返しのダイナミックな味わいがある。ほかにいくつか。

仁王より眼光とどく浮氷
林中に鯛の気満てり建国祭
水に浮く接木の蠟のひとしづく
一舟をつつみて運ぶ枯野かな
霊長目いつぴき坐り花終る
古道ゆく露の大玉踏みくだき
春泥の創りだしたる夜の光
逝く秋の雨のしみゆく犀ナナ子
雛恋ひて鷗より髪白かりき
一巨木うしなひてより山氷る