おしろいかクリームか何かに、黴が生えていたのだ。さて塗ろうかと思ってふたを開けると、黴が。「ひえええ」という声をあげたくなるようなシチュエーションだが、「かほに塗るもの」「来りけり」という措辞に、妙に気品があるのがおかしい。以前、友人が少年時代の思い出として、チョコレートに黴が生えているのに気付かずにつまみぐいをしていて、母親にひどく叱られた話をしてくれた。「味は一緒だったんだけどねえ」。黴というのは、音もなくしのびよってくるもので「かほに塗るもの」にもいつの間にか「来りけり」なのだ。
この句は、櫂未知子著『季語、いただきます』(講談社)の「黴」の項にて引用されている。このエッセイ集は、季語について「小説現代」に連載していた文章をまとめたもので、気楽に読めるのに、実は知識欲も満たしてくれる、まさに“美味しい本”だ。各文につけられた見出しもたのしい。「俺に気があるな季語」「草食系季語」「あこがれの射的屋」「ジュリエット的季語」「炎の歌舞伎町」…どう、気になるでしょう。