夏草や兵どもが夢の跡   松尾芭蕉

俳句にあまり縁のない人になにか知っている俳句を言ってもらうと、
「古池や蛙飛び込む水の音   芭蕉」か「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺   子規」、
そして、掲句がよく挙がる。他の2句は思い浮かんでもうろ覚えにしか口にできない人がが多いけれど、
掲句は、正確に口にすることができる人が多いように思う。(調査対象はあくまで私の周辺の人)
この句に出会ったときの不思議な感覚が、人々の記憶に引っかかって残るのかもしれない。
あざやかな取り合わせ、「つわものども」という言葉、「が」という措辞、漂うような「夢の跡」。
「古池や」「柿食へば」と比べると、内容的にもファンタジックだ。
この言葉の結びつきしかありえないという運命性があるからこそ、多くの人の記憶に残るのだろう。

小澤實「大きな空間へようこそ ―『おくのほそ道』を読みはじめる人に」(『俳句 7月号』角川学芸出版、2012)より。

一句ずつ、小澤氏による丁寧な句の訳と鑑賞が添えられている。
訳と並べられると、あらためて鑑賞の意義が感じられる。