西暦で生年を言ふアロハシャツ 栗山心

西暦という言葉とアロハシャツという言葉はどちらも新しい時代へ順応しようとしている言葉なのに、なぜかかえって古めいてしまう。敢えてそれらを使っていますという主張が見える気がする。10句掲載されているうちに、

人生の半分昭和生ビール

がある。あぁ、これか。と立ち止まった違和感の解決を見た気がしてほっとする。この人は昭和が好きで、その昭和がまだ自分の半分を占めていることに安堵を覚えていると同時に、これから生きる限りどんどん平成の年数が重なることに少し恐れを感じているのだ。だからこそ、敢えて西暦でその動揺を隠しているのだろう。
アロハシャツの鮮やかで派手な形がかえって滑稽で、淋しく感じる。

「下北澤驛前食品市場」 週刊俳句271号より