波の音して明け方の誘蛾灯  竹内宗一郎

明け方の誘蛾灯というものが、どういったものであったか記憶にない。
この句の前句に

宿の下駄宿の浴衣に宿の傘

とあったから、つなげて読みたい。
海辺の温泉宿にでも泊り、朝方の散歩に出かけようとしたのだろう。明け方の誘蛾灯はまだ灯っていて、けれど夜よりは集まる虫が少ないだろう。そして、夜と一番違うことは、そこにある死骸の多さではないか。
少しぞっとする怖い情景。旅先のそれは、まるでここが異空間なのではないかと思わせる。朝方の波音は穏やかで、その普遍的な音が誘蛾灯という小さな枠内で起きた生死をすっと包み込み、さわやかな朝として吸収しているように見える。

「寸前」(詩客 2012年7月13日号)より