クロールの夫と水にすれ違ふ   正木ゆう子

真剣に泳いでいる人を見ていると、なんだか置き去りにされているような気がしてくる。
たとえそれがプールサイドからであっても、テレビ越しであっても、遠く感じる。
「水」を介在することによって、自分と他者の距離はとても遠くなるのだろう。
それは、夫婦であっても同じ。夫婦だからこそ、なのかもしれない。
「すれ違」い遠ざかる「夫」を、静かに見送る視線が優しくも冷たい。

『静かな水』(春秋社、2003)より。