桃売りが来てをり時計屋の前に  山下知津子

よく、路上で「産地直送」と掲げてリヤカーで桃やみかんなどを売っている人たちがいる。あれは農家がJAを通さずに販売しているという、文字通り直売なのだろうか。いつも、なんとなく怪しくおもいつつ前を通り過ぎるのだが、その桃売りが、時計屋の前にいるという。

ある日常の一場面を軽くスケッチしましたという風でありながら、桃はエロスの象徴、時計は時の象徴ということで、美しい生といつか訪れる死とを感じさせる非常に分かりやすい構図なのだが、そこを、桃を「桃売り」、時計を「時計屋」にスライドさせることで、生々しさを一段隠してあるところが上質だ。そして「売り」「屋」と言い方こそ違えど、どちらも、桃を売り、時計を売っているわけで、買われ、売られてゆく対象としての桃や時計(時間)もまた物質であり儚いものであるなあというような感慨がひたひたと押し寄せる。
ミヒャエル・エンデ『モモ』の時間を奪っていく男を思い出したのは「桃(モモ)」と「時間」だから?

俳句同人誌「麟」第42号(2012年10月)より。